■治療学・座談会■
Brain Attack& Failure−制圧戦略の現状と近未来−
出席者(発言順)
(司会)松本昌泰 氏 広島大学大学院病態探究医科学講座脳神経内科学
井林雪郎 氏 九州大学大学院医学研究院病態機能内科学
畑澤 順 氏 大阪大学大学院医学系研究科生体情報医学講座トレーサー情報解析 中山博文 氏 日本脳卒中協会/中山クリニック

脳血管障害の予防

松本 脳卒中の制圧はなされたという誤解も一部にあると思いますが,急速に高齢化社会の到来を迎え,患者の増加が予測されています。脳血管性痴呆も欧米に比べ非常に頻度が高いことがデータで示されており,脳血管障害を予防し治療していくことは痴呆予防にもつながると考えられます。進歩していく治療薬や病態,診断法,社会への啓発活動などについてお話をいただければと思います。

■臨床疫学研究が明らかにする予防対策

松本 まず,久山町研究など脳血管障害に取り組んでこられた井林先生に臨床疫学の話をお願いします。

井林 どのような疾患でも予知・予防対策を立てることは非常に重要で,脳卒中でも臨床疫学は必須の学問だと思います。 有名なスタディとしては米国 Framingham Study,わが国では福岡県の久山町研究があります。 久山町研究は当科の久山町研究室が中心となり,1961 年来 43 年間ずっと続けておりまして,剖検診断と臨床診断を対比させる世界でも類をみない研究です。 通算剖検率も 79%ときわめて高いのが特徴です。

 こうした研究から脳卒中のリスクが浮かび上がってきました。加齢や男性といった操作できないリスクもありますが, 生活習慣病としての高血圧,糖尿病,高脂血症,心房細動などが重要であることがわかってきたのです。 日本では長らく脳卒中が死因の第 1 位を占めてきましたが,1960 年代をピークに現在は約半分に減っており,それに大きく貢献したのが 1950 年代に登場した降圧薬でしょう。生活習慣の欧米化や環境の改善も十分寄与していると思います。

 久山町研究における高血圧と脳卒中のデータを紹介しますと,1960 年代の第 1 集団と 1980 年代後半の第 3 集団とを比べると,脳卒中全体の死亡率は約 1/4 に減り, これは諸外国に比べても非常に大きな減り方といえます。 高血圧と最も関連の深い脳出血による死亡が 1/20 に激減したのが原因と考えられます。脳卒中の発症率についても減少していますが,最近ではその減り方が鈍化しています。 脳卒中,特に脳梗塞の発症がどのぐらいの血圧レベルから増加するかを調べますと,140/90 mmHg を境に有意に増えるようです。 一方,脳出血の場合はそれよりもさらに低い血圧レベルから発症率が有意に増加するといわれています。 それならば,高血圧を治療すれば脳卒中を予防できるのではないかということで,実際に欧米諸国では高齢高血圧患者を対象にした数多くの大規模臨床試験が行われており, 降圧治療による脳卒中の発症抑制効果は心疾患に比べて非常に高いことがわかってきました。 すなわち,脳卒中の一次予防に対する降圧治療の重要性はほぼ確立されているといえるでしょう。

■二次予防,Brain Failure の予防

井林 脳卒中を起こした患者の二次予防となると,降圧に関してはいろいろな意見があり,結論が出ていませんでした。 血圧を下げるとかえって脳梗塞を起こしやすいのではないかという,J カーブ論争もありましたが,PROGRESS(Perindopril Protection Against Recurrent Stroke Study)の結果により, 高血圧者,正常血圧者ともに ACE 阻害薬を使った群でプラセボ群に比べ,脳卒中の再発率が有意に低下することが報告されました。

 脳卒中そのものの発症予防以外に,brain failure,いわゆる認知機能障害をも予防できるかどうか,というスタディがいくつか発表されています。 前述の PROGRESS のほか,Syst−Eur(Systolic Hypertension in Europe)Trial はカルシウム拮抗薬,SCOPE(Study on Cognition and Prognosis in the Elderly)は ARB を使ったスタディで,いずれも認知機能障害を同時に抑えるという成績が出ています。 高血圧の治療は脳卒中の一次予防,二次予防,さらには痴呆の予防にも効果があることがわかってきたわけです。

 最近では高血圧以外に糖尿病,高脂血症などの代謝性疾患の重要性も注目されており,それらに対する大規模臨床試験も試みられています。 脳卒中にターゲットを絞った研究はまだ少ないのですが,これらの危険因子をコントロールすることで,脳卒中の再発が有意に減るかどうかが注目されるところです。 また,高齢者心房細動患者を対象とした抗血栓療法による脳卒中再発予防の問題もこれから重要な課題です。

 ただ,従来の大規模臨床試験のほとんどが欧米の試験で,残念ながらそのエビデンスは外国人を対象にしたものばかりです。 これからは日本人を対象にしたわれわれの手による大規模臨床試験を進めていくことが非常に重要なのではないでしょうか。

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