■治療学・座談会■
メタボリックシンドロームのプライマリーケア
出席者(発言順)
(司会)寺本民生 氏 帝京大学医学部内科
島田和幸 氏 自治医科大学循環器内科
江草玄士 氏 江草玄士クリニック

メタボリックシンドロームとは何か

寺本 メタボリックシンドロームが大変話題になっています。 内科系 8 学会の検討によって日本の診断基準も発表されました。 その背景にはいろいろな危険因子が重なった病態として,最終的には心血管系のイベントが起こる疾患群として理解されています。 今回はプライマリーケアという立場から,最前線の診療に携わる先生方にとって大きな問題になってくるメタボリックシンドロームをとらえてみたいと思います。

 臨床的にみてメタボリックシンドロームの中核に高血圧,耐糖能異常(IGT),脂質異常があると思いますが, ご専門の立場からメタボリックシンドロームをどうとらえるのか,いまなぜその概念が必要なのか,などをお伺いします。

■高血圧は重要なファクター

島田 日本人の高血圧患者の背景としては,食塩過剰摂取で,そのわりに低栄養です。 したがって早くに動脈硬化を起こし,脳出血を起こすというイメージがあります。 たとえば悪性高血圧はそういう状態が一気に出てきたような状態で脳出血とか脳症を起こします。

 私の理解ではメタボリックシンドロームの概念は,最初 familial combined hyperlipidemia という脂質の立場から一連の患者群があり, それがだんだん血圧や高脂血症にまとめられてきた。 松澤佑次先生(住友病院)が脂肪の量と血圧が関連していることを発表され,驚きをもって迎えられました。 そういう背景のなかでメタボリックシンドロームに高血圧が数えられた。

 Reaven は,もともと糖尿病の研究者です。Kaplan は高血圧ですが,その考えを取り入れています。IGT とか肥満が非常に大きな血圧の関連因子になっていると思います。

寺本 私は久山町研究のデータをみていつも感心するのですが, 脳卒中の危険因子としての高血圧は年次を追ってインパクトが小さくなってきている。 高血圧の治療が非常にうまくいったということでしょうね。高食塩による高血圧がかなり抑えられるようになってきた。

 そこで浮上してきたのがメタボリックな高血圧と考えられ,そういう視点がこれからの高血圧の診療に必要だと思います。

島田 200 とか 220 mmHg という高い血圧ではなく,連続変数としてみた,マイルドな高血圧です。それが他の因子と重なり合って最終的な疾患像をつくり上げる。そういう概念だと思います。

寺本 Reaven や Kaplan にしても,最初に問題にしているのは高血圧です。 WHO による世界の死因をみたとき,圧倒的に大きく影響しているのは男女とも血圧です。 ですから血圧は重要なファクターで,心血管のイベントにつながりやすいものだという認識が非常に重要ですね。

■内臓脂肪蓄積を基盤としたインスリン抵抗性が最大のキーワード

寺本 また,Reaven は最初にシンドローム X という名前で発表しましたが,その基本像に糖代謝異常があるのではないかと思います。

江草 メタボリックシンドロームのキーワードとして重要なのはインスリン抵抗性だと思います。 これは,欧米では糖尿病の成因として非常に重要なものだという認識が古くからありました。 日本もライフスタイルが変わってきて肥満傾向が増強してくると,インスリン抵抗性が,糖尿病の成因としてだんだん脚光を浴びてくる状況になっています。

 Reaven は,インスリン抵抗性を基盤として高インスリン血症や高血圧,あるいは TG 高値,HDL 低値が一つの個体に集積しやすく, それが冠動脈疾患(CAD)のリスクを非常に高めるということを言った。 そのころはインスリン抵抗性が何によってもたらされているかという議論はあまりありませんでした。

 その後,日本の研究の成果ですが,その上流に内臓脂肪の蓄積があるという認識がほぼ確立されました。 内臓脂肪から分泌されるいろいろなサイトカインの異常によってインスリン抵抗性になる。これが IGT の原因となります。

 そして TG の高値,HDL の低値,あるいは血圧の上昇をかなり科学的に説明できるようになり, それが CAD のリスクを高める。これは日本人でもだいぶ証拠が出てきて, メタボリックシンドロームという概念が日本人でも意外に意味をもっているのではないかという認識に変わってきました。

 もう一つのキーワードは高インスリン血症です。NCEP ATP III(National Cholesterol Education Program Adult Treatment Panel III)のガイドラインは空腹時血糖だけで基準を決めています。 110mg/dL 以上ということは,110 以上はいくらでもよく,つまり軽症の IGT からインスリン分泌が枯渇した糖尿病患者まで幅広く含まれてしまいます。

 そうするといま議論しているメタボリックシンドロームの概念や,意味している病態からちょっと外れた集団もある。 糖尿病の中にはインスリンが枯渇して高 TG,低 HDL の人もいれば,高血糖のためのインスリン抵抗性の人もいます。 それを全部含めてメタボリックシンドロームとして議論すると,食い違いが出てくる。 そのへんの考え方を今後どう明確にしていくかが,糖尿病を考えた場合の難しい問題の一つだと思います。

寺本 メタボリックシンドロームの場合にはたしかに,これ以上は異常という下限を決めることも重要です。 しかし島田先生も言われたように,血圧が 200 mmHg もある人たちまでメタボリックシンドロームとしてとらえてよいか,いわば上限というものもあり, 典型的な糖尿病はやはり糖尿病,高血圧は高血圧なのだという意識も必要だと思います。

江草 耐糖能の分類でいうと IGT あたりは,日本人でも内膜−中膜壁厚(IMT)の研究結果で糖尿病患者と同じぐらいに肥厚が進行していて, 動脈硬化のハイリスク群ということがわかっています。 IGT,日本の GTT 境界型あたりがいわば「由緒正しいメタボリックシンドローム」といえるのかもしれません。 Reaven は 110 mg/dL 以上ということだけでなく,110 以上 126 mg/dL 未満の空腹時血糖異常(IFG)といわれるものをメタボリックシンドロームとしてとらえたほうがいいと言っています。

寺本 意図するところは,本当の糖尿病は糖尿病ととらえるべきだということです。 Botnia study などでは,糖尿病の人は 80%くらいがメタボリックシンドロームの概念の中に入ってしまう。 ですからその人たちを特別に扱う必要はないのではないかという気がします。

 ただ,血圧と糖尿病,IGT はかなり関連していることから,血圧の高い方はやはり IGT を疑っていくべきです。

■高 TG の背景にあるものを読み分ける

寺本 高脂血症は LDL ストーリーでかなり解明されてきたと思います。 LDL は非常に大きなファクターですが,循環器の専門医の先生からみると LDL が必ずしも高くない方はたくさんいます。 それでかつて,コレステロールはあまり関係ないのではないかという議論がありました。

 たしかに,中性脂肪が若干高くて HDL が低いタイプの方は CAD が非常に多い。 LDL が高ければ大変問題ですが,高くなくても CAD をかなり起こしていて,脂質の立場からすると TG が若干高く,HDL が若干低いという人たちの中にメタボリックシンドロームがあるのではないかと考えています。

 ただ,飲酒によっても,その他のいろいろな病態でも TG が高くなります。 ですからそのバックグラウンドに何があるかを考えながら脂質をみていかないと大きな間違いを犯すのではないかと思います。 たとえば IGT を伴っている高 TG 血症には,かなり高率にリスキーな状態があると思います。

 LDL についても,最近発表された CARS(Coronary Atherosclerosis in Normo−cholesterolaemic Patients with Coronary Artery Disease)などでは,LDL が少し高くて糖尿病がある場合は,LDL を下げると大変効果があるということを示しています。

 逆に ASCOT(Anglo−Scandinavian Cardiac Outcomes Trial)などは,血圧が若干高く LDL も少し高い人はそれなりにケアしたほうがいい,決して LDL のことを忘れてはならないけれど,あくまでも血圧を主にその次にこういった脂質異常をとらえていくべきではないかと思います。

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