■治療学・座談会■
COX-2 阻害薬の臨床応用―期待と限界
出席者(発言順)
(司会)坂本長逸 氏(日本医科大学消化器内科)
川合眞一 氏(東邦大学医療センター大森病院リウマチ膠原病センター)
馬嶋正隆 氏(北里大学医学部薬理学)
杉原健一 氏(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科腫瘍外科学)

日本初の承認薬セレコキシブ

■関節リウマチ・変形性関節症が適応

坂本 日常診療において,非常に多くの領域で非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)が使用されています。 この一種である選択的 COX-2 阻害薬,セレコキシブが 2007 年 6 月に保険適用となりました。 本日は,この選択的 COX-2 阻害薬に関して,各領域の先生方からお話をうかがいたいと思います。

 COX-2 阻害薬は,NSAIDs 特有の副反応である消化管傷害や出血を軽減できる薬物として開発され,副反応の頻度は従来型 NSAIDs の半数以下とされています。 米国での発売を皮切りに世界各国で導入されており,わが国でもその有用性が大いに期待されています。

 しかし一方で,セレコキシブとともにコキシブ系薬剤である rofecoxib が,米国で心血管系障害(CV)の発生リスクが高まるとされ, 市場から撤退するという事態が起こりました。そういった副反応の面からも,きわめて注目されている薬剤です。

 今回の適応は,関節リウマチ,変形性関節症の消炎・鎮痛とされています。川合眞一先生,リウマチ疾患において,従来型 NSAIDs と比べ,いかがでしょうか。

川合 関節リウマチについては,2002 年に米国,2004 年にわが国で治療ガイドラインが出ています。 選択的 COX-2 阻害薬も NSAIDs のひとつで,ガイドラインでは投与を考慮してもよい薬剤として,あくまでも補助的な治療薬として位置付けられています。 一方,治療の基本はメトトレキサートを中心とした抗リウマチ薬です。変形性関節症に関しても,欧米ではアセトアミノフェンが中心に使われています。確かに NSAIDs も使用されますが,必ずしも主流の薬剤ではありません。

 現状では,痛みへの対症療法薬という役割から大きくはずれるものではありません。

坂本 抗リウマチ薬が主流であるという事実は把握しています。 しかし,痛みに対しては,従来型 NSAIDs が非常によく処方されているという印象があり,ロキソプロフェンなどは,処方せん枚数が日本のトップ 5 に入ると聞いたこともあります。

川合 便利な薬として位置付けられているせいだと思います。 変形性関節症についても,炎症性疼痛かどうか判断がつかない時点では,オピオイドを処方するわけにはいかず NSAIDs を投与することになります。 確かに,かなりの割合で NSAIDs が使用されている実態もあるかと思います。

坂本 また NSAIDs は,鎮痛薬なのか,消炎薬なのかといった側面がありますが,抗炎症薬としてはもはや主流ではないということですね。

川合 そうですね。最近のリウマチ患者での臨床試験では, 抗リウマチ薬は CRP(C 反応性蛋白)の改善などの要素も入ってきますが,NSAIDs ではそれらを除いて評価しています。 リウマチ炎症を抑制する薬剤も多く出ているので,抗炎症薬としてはあまり期待されていないと思います。

坂本 そうすると,鎮痛作用に期待するところが大きいということですね。

■慢性疼痛を鎮痛

坂本 セレコキシブの鎮痛作用は,馬嶋正隆先生,痛みの生理学として,COX-1 あるいは COX-2,はたしてどちらを阻害して痛みを抑制しているのでしょうか。

馬嶋 NSAIDs には,標的であるプロスタグランジン(PGs)の生合成抑制という作用があります。 PGs が痛みに関係する場所で産生され,どういう機構で痛みを増強するのか,という点が重要です。 痛みは大きく,炎症がない箇所に針を刺したときに感じるような単純な急性疼痛と,慢性疼痛とに分けられます。 さらに後者の慢性疼痛には,炎症性,神経因性疼痛が含まれます。 いずれにしても,ほとんどの痛みは PGs によって増強され,急性の痛みは COX-1 に,炎症性の疼痛は COX-2 に依存した反応と考えられます。

 ただこの場合,作用機序が問題になります。特に NSAIDs が標的にするような PGs は神経末端である痛覚の受容器で作用しているというのが従来の考え方でした。 最近になり,脊髄の後角にも確かに COX の誘導がかかるということがわかってきて,この場合も COX-2 が関与していると,多くの論文で報告されています。 慢性疼痛も,かなりの部分は COX-2 でメディエートされているということです。 対応が困難な神経因性疼痛も,PGs,特に COX-2 が関与しているというデータはかなり多いと思います。

 けれども,局所に関与する PGs については,個々の病態を考慮しなければなりません。 私たちは動物実験で行っていますが,種が違えば状況は異なってきます。最終的にヒトに外挿する場合,かなり細かい状況を把握しなければならず,非常に難しい問題です。

坂本 従来型 NSAIDs でもジクロフェナクなどは COX-2 にかなり選択性がありますので,鎮痛作用は COX-2 を抑制していると考えてよいのでしょうか。

馬嶋 その可能性は大きいと思います。

■期待される大腸がん抑制効果

坂本 杉原健一先生,NSAIDs とがん抑制作用について,お話しいただけますか。

杉原 1970 年ころ,米国の疫学調査により主にアスピリンの服用患者で,大腸がん死亡を 30〜40%抑制できるという結果が報告されました。 次に 1980 年初頭,1000 以上の腺腫をもつ家族性大腸腺腫症(FAP)4 例で,スリンダクを使用した検討が行われました。 投与後,直腸腺腫が消失したと報告され,それは非常にセンセーショナルでした。 当時は,秋田大学の成沢富雄先生がインドメタシンの坐薬で大腸の発がんについて研究されるなど,この類の実験がよく行われていました。

 続いて出てきたのは,選択的 COX-2 阻害薬です。セレコキシブでも FAP の線腫を抑制できると発表され,選択的 COX-2 阻害薬がにわかに脚光を浴びました。 1995 年に佐野統先生が『Cancer Research』に大腸がんでの COX-2 の高発現を, 約 1 年後に京都大学の武藤誠先生と大島正伸先生(現金沢大学)が『Cell』に消化器がんと COX-2 の関連性を発表されました。 動物実験でしたが,COX-2 をノックアウトすると有意に腺腫の数が減り, さらにノックアウトではなく COX-2 阻害薬投与でも腺腫の減少が認められたという,非常に興味深いものでした。 武藤先生たちの研究により,早い段階で,COX-2 が大腸腺腫の増大に関与しているという事実が明らかになりました。

 そこで私の教室では,COX-2 は大腸がん肝転移の増大にも関与しているのではないかという観点で選択的 COX-2 阻害薬を用いた動物実験をしました。 腫瘍数の測定方法として,マウスを用いて大腸がん細胞を注入し,作製後続いて,選択的COX-2 阻害薬を投与しました。犠死させたあと肝を表面から観察し,また,肝臓の全割を行いました。 すると,表面からは見えない小さな転移がたくさん認められたことから,選択的 COX-2 阻害薬は,転移の抑制というより,転移後の腫瘍増大を抑えたのではないかと考えました。

 その後も,血管新生の構築をみていくと,選択的 COX-2 阻害薬投与後は,腫瘍の血管新生が少ないことがわかりました。 動物実験でしたが,選択的 COX-2 阻害薬は血管新生の成長を抑制するのではないかと考えています。

坂本 COX-2 遺伝子がクローニングされたのが 1990 年ころでした。 『Cancer Research』に佐野先生が発表されたように,実際,大腸がんそのものに COX-2 はかなり発現しているのですか。

杉原 ヒトの大腸がんでは,用いる抗体により多少異なりますが,70%前後,多いところで 80%くらいに発現しているとされています。

坂本 それがおそらく PGs だと思いますが,PGs がさまざまな経路に関係し,その結果,血管新生を促進し腫瘍を増大させる。 これが大腸がんに発現している COX-2 の作用だと考えられています。 過去の動物実験や疫学で確認されてきた NSAIDs,特にアスピリンによる大腸がんの進展抑制という作用は,この COX-2 を抑制しているということでしょうか。

杉原 大腸がん細胞にも COX-2 は高発現していますが,腫瘍周囲のマクロファージ,線維芽細胞などにもあり, 大腸がんの成長にどちらが関与しているのかは,まだ不明ですね。

馬嶋 実験を重ねていくと,がん腫そのものより,周囲の宿主側組織(ストローマ)に COX-2 が強発現していることがわかりました。 形態的には Mac-1 や CD3 のダブルネガティブな線維芽細胞で,そのほとんどが VEGF(血管内皮細胞増殖因子)の産生細胞になっていました。 ストローマ細胞での COX-2 の高発現が,問題となっていると考えています。

 同じ数の腫瘍細胞を PGs 受容体のノックアウトマウスに接種すると,腫瘍増殖が変わってきます。これからも,ストローマ細胞のほうが制御しているのは確かだと考えられるのです。

川合 NSAIDs,特に COX-2 阻害薬は PGs の何を抑え,腫瘍増殖を抑制しているのでしょうか。

馬嶋 おそらく PGE2ですね。われわれが実験したかぎりでは,プロスタサイクリン(PGI2)受容体(IP)ノックアウトマウスより, PGE2受容体(EP)ノックアウトマウスでの増殖抑制が明らかでした。私たちの実験系は EP3 が最も強く出るモデルでしたが,EP2 や EP4 というデータもあります。 それぞれ腫瘍の種類,増殖部位によってデータが異なってきますね。

川合 PGE2受容体のノックアウトマウスでは腫瘍抑制が明らかということは, たとえば NSAIDs で COX-2 をまずブロックして PGE2産生を抑制すれば増殖抑制がかかるのですね。 そうだとしたら,NSAIDs で PGE2産生を抑制したことによって腫瘍増殖をブロックした実験系に, 外から PGE2を大量に加えれば,ブロックは解除され,今度は腫瘍増殖に向かうのですか。 また,腫瘍増殖に関わる PGE2は局所で産生されているのですか。

馬嶋 おそらく解除されます。COX-2 の局在から局所,すなわちストローマで産生されるのが重要と思います。 慢性の増殖性炎症に伴う血管新生を調べるモデルでは PGs の生成を増強させると,血管を増やす側に有意に働きます。 この場合は,アデニレートサイクレースのアクチベーションをかけるような受容体のシグナリングが,血管を増やします。 ですから EP2 や EP4,さらに EP3 はスプライシングバリアントでこの酵素を活性化するものがありますので,それらで腫瘍ストローマで血管を増やしているのだと思います。 PGs による血管新生増強が重要と思っています。

川合 PGE2が関与しているだろうとは理解できますが,それだけでは説明が成り立たないと思うのは, 大島正伸先生と武藤誠先生の論文でも,COX-2 のノックアウトマウスですら大腸腺腫の発症を完全に抑えることができなかったからです。

坂本 実験的には多くのデータがありますが,非常に複雑な問題です。COX-2 の作用点が,良性腫瘍の段階から腫瘍の促進に関与し, がん腫に成長後は大腸がんの進展に関わっている,この 2 つのプロセスは間違いなさそうですね。

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