■治療学・座談会■
プライマリケア医への助言:うつ病診療のコツ
出席者(発言順)
(司会)中尾睦宏 氏(帝京大学医学部衛生学公衆衛生学・心療内科)
坪井康次 氏(東邦大学医療センター大森病院心療内科)
江花昭一 氏(横浜労災病院心療内科・精神科
村上正人氏(日本大学板橋病院心療内科

治療の 3大原則

■薬物治療

中尾 うつ病治療には 3 大原則があります。 それらは「薬物治療」,「休養」,「周囲のサポート」で,標語のようにもなっていますが,具体的にどう実践したらよいでしょうか。

村上 プライマリケアの先生方も,患者の多彩な不定愁訴の背景にメンタルな問題が関わっていると,認識されています。 でも,治療となると,なかなか踏み込めていません。というのは,エチゾラム(デパス®)など, 一般的な抗不安薬までは処方されますが,そこでとどまることが多い。確かにそれで改善を示す軽症の人たちもいますが,それでは治療がきちんと完結しないこともあります。

江花 SSRI が出てから,それをある程度使用される先生方は増えているように思います。 ただ,使用するに当たって,患者さんにうつ病と告げなくてはいけません。内緒で出すわけにはいかないし,患 者さんがインターネットで調べれば即座にわかってしまいます。 処方の際に「うつ病」と告げてよいのかどうか,迷って判断しきれない。使用したとしても,十分量ではない。このようなことが起きてきます。 私がおすすめしているのは,患者さんあるいは付き添いの方がどのように病状を理解しているかをよく聞いて,それに応じたかたちで説明を行い,受け入れてもらうことがよいと思っています。

中尾 まずは本人に聞いてみるのが最善かもしれないですね。

江花 たとえば「どうしてこのような状態になったと思っていらっしゃいますか」というようにですね。 相手の理由付けを聞かないで病名を告げるのは,少しリスキーだと思います。 患者さんの答えが「疲れがたまって,自律神経がおかしくなってこうなったのではないかと思います」というものなら,確かにそうだと認めます。 そのうえで,「自律神経が失調状態になる背景には,いろいろな病態が隠れていて,『うつ』という状態もそれに含まれています。 そのような場合は,抗うつ薬がよく効くことがあるので,試しに使ってみましょう」と説明すると,素直に受け入れてくれることが多いようです。

中尾 先ほど話題となった全身のシステム論がまさに使えそうですね。

江花 そうなのです。精神・神経・身体というシステム論の説明は,実は内科,臨床各科の先生方のほうが使いやすいと思います。 たとえば胃の内視鏡検査を行っても異常がみとめられない食欲不振で, なんの異常もないのに何故ここまで食欲不振になるのかと問われた場合には,精神科の先生では上手な説明ができないことが多いでしょう。

中尾 精神科本来の立場ではそうかもしれませんね。

江花 「胃のことはわからないから,専門医に聞いてくれ」という対応になりがちです。 「いや,実は『うつ』のときというのは必ずこういう症状が起きてくるので,十分説明できますよ」ということを,内視鏡検査を行った先生が説明されると,たいへん説得力があります。

村上 内科の先生方は,なんらかの臓器別の専門性のレパートリーをもっておられる。 そのレパートリーで説明できるところを十分に説明して,身体症状と実際の所見との差がはっきりわかれば,かえって説明がしやすく,患者さんも納得しやすいかもしれません。

中尾 そういう意味では,抗うつ薬の適応症が「うつ病」と「うつ状態」と記載されているのが非常に魅力で,そこをうまく使い分けることができます。 私自身も確信がないときなど,「うつ病ではないかもしれませんが,うつ状態であることは確かですから」と,患者に言うときもあります。

江花 患者さんのなかには自分で「うつ病」を想定して来られる方がいます。 そのような人には,積極的に抗うつ薬を使っていってよいと思います。 また最近は,病歴をよく聞いて,「今の状態は『うつ』に匹敵すると思いますが,少しでも気持ちがハイになったようなことはありませんか」と聞くようにしています。 「不眠不休で働くことができた」など通常以上にハイだった時期がある場合には,早期に専門医に紹介するというリスク管理を行っています。

中尾 それは,うつ症状が双極性障害のうつ病相ではないかしっかり鑑別しておくという意味ですね。

江花 リスク管理として大事な点だと思います。あまり神経質になってもいけませんが,最近,特に双極 2 型がクローズアップされています。 みるからに重症である,自殺のリスクが高いという患者さんなどには,十分配慮されていることと思います。 軽症から中等症のうつで抗うつ薬を使う場合には,その前段階で,双極性の要素がないかどうかを聞いておくと,安心だと思います。

坪井 そうですね。改善したとしても,それはもしかしたら躁転したのかもしれないという認識は必要かもしれませんね。

■休 養

中尾 休養期間はどの程度に設定されておられますか。

江花 仕事をもつ人に対する判断は難しいことが多いのです。「まず一律“3 ヵ月”と書く」という先生がおられます。 というのは,うつ病の回復までの期間の中間値が 3 ヵ月だという説があるようです。

 患者が休養することを納得し,職場の受け入れ態勢があるのであれば,想定できる範囲で少し長めに書いておくのがよいと思います。 「少し長すぎるのでは」と患者さんから言われたときにも,「途中で戻れる状態になれば復職可能と,診断書に書き添えますので」と言っておくと,同意を得やすいでしょう。

 職場にどこまで協力してもらえるか不明な場合には,とりあえず 1 ヵ月と書いておき,延長もありうるとしておきます。ただ,1 ヵ月後に延ばすかどうか,迷うことになります。

中尾 ある一般誌に,仕事から離れるために,場合によっては「携帯の電源は切りましょう。 パソコンは見ないようにしましょう」と,「えいや」と書いてしまったのですが,行き過ぎでしたか。

江花 可能であれば,それはやったほうがよいでしょう。そうでないと休めません。

村上 診断書には私も「3 ヵ月」と書いています。というのは,引き継ぎその他,休養モードに入るのに 1 ヵ月,1 ヵ月前にはどうしても復職準備を始めてしまうので,真ん中の 1 ヵ月だけでも休めるようにです。

 いったん休みモードまで適応性を落としてしまうと,再び仕事モードまで適応性を上げるのにかなり時間がかかります。 いったん休みモードに入ってしまうと,1 ヵ月,2 ヵ月ですまないことがかなりあります。 そこで初めて,本当に休養が必要だったのだという感触を得ることもあります。

 短かすぎて失敗するケースはたくさんありますが,きちんとバックアップするシステムをつくってさえおけば,長すぎてまずいことはあまりないような気もします。

坪井 最初に 3 ヵ月と書くと,「えっ,3 ヵ月ですか。だめだ」という反応もあります。ですから,患者さんの反応を見ながら決めます。

村上 患者さん自身は「1,2 週間くらい」を希望されますね。

坪井 「休みなさい」と言っても,なかなか気持ちが休む態勢に入れません。 「あれもこれもやらなければいけなかったのではないか」,「あの人に任せてしまったけれど申しわけない」, いろいろあるので,身体が休んでいても,気持ちが休むところまでいかない。

村上 やはり休職まで必要な「うつ」患者さんは,すでに疲弊の極に達している人たちです。 疲弊して,エネルギーが枯渇して,身体症状を起こしているわけですから, 再び適応までもっていくには,時間もかなり必要であることを,患者さんによく理解してもらわなくてはなりません。

江花 病気になると視野が狭くなって,「この仕事は自分がいなければストップしてしまう」などと考え,休みがとれないという認識になってしまう。 そこをどう説得するかが重要です。

坪井 具体的にどう説明されておられますか。

江花 患者さんの話をよく伺って,「なるほど」と理解したうえで,「あなたの症状から判断すると,今はあまり良い考えは出てこないのではないでしょうか」,「 もしかすると,あなたの考えていることは,病気がそう考えさせている面もあるかもしれませんね」と。

 こちらで断定的に「あなたは病気だから,こんなふうに視野が狭くなってしまって」と押し付けてはうまくいきませんが, そういう提案をして患者さんに選択していただくと,「この先生がそうおっしゃるからには,そうかもしれない」と思ってくれる方が多いようです。

 もちろん,それ以前の段階で,患者さんとの信頼関係を築くことが大事です。

坪井 あまり病気,病気と言うと,否認に入ってしまうというか,受け入れてくれない。 「僕は違うよ」という人もなかにはいますよね。そういうときには,「エネルギーが空っぽになっただけだよ」と言うと, わりあいに受け入れてくれる人もいるのです。病気という認識をしてもらうのはやはり大事だと思いますが,受け入れてもらえるまでに時間的に少し余裕をもって対応しないといけません。

江花 おっしゃるように,治療者が病名にこだわるのではなく,「こころのエネルギー論」,これは有用ですね。 私もよく使っています。車のガソリンに例えて,「車の本体は全然壊れていないのですが,ガソリンが空っぽになっていて, アクセルを踏んでもすぐエンジンがストップしてしまうような状態です。ガソリンが少したまったからといってアクセルを踏むと, またストップしてしまいます。それを繰り返していたのでは,最後には車も壊れてしまうかもしれないから, 今のうちにガソリンを十分に蓄えるようなことをされたらどうですか」と言うと,医学的に正確かどうかは別として,患者さんの受け入れは非常に良いです。

坪井 実感として,働かなければいけない,やりたいと思うのだができないという感覚は,その説明に合うようですね。

■周囲のサポート

中尾 私自身,公衆衛生も専門にしていることもあって,産業医の視点と,外来診療の視点の両方からみないといけないときがあります。 心療内科の外来では,患者さんの味方にならなければならず,患者さんの意に沿わないことはやりにくいときがあります。 そういう点では,むしろ企業側のほうから引導を渡してもらう,働けなくなってまで頑張ろうとしているような人に対しては, 「休みなさい」と上司や産業医の先生から意見を言ってもらうようにする。その両方向からアプローチする必要があると考えています。

坪井 うつの患者さんは“休めない”人たちなのです。休むことを保証してあげる必要があるというか,周りが決めてあげなければいけなかったりします。 奥さんから許可してもらう必要がある場合もあります。ですが,奥さんは「休んでもいいのよ」と言いながら,休養期間が長くなると「頑張ってね」という裏メッセージが出てきてしまうことがある。

江花 年配の方などでは,休養をとると認知症になってしまうのではないかと,家族が心配される。 「うつ」になると,一見,認知症のような症状も出てきて,物忘れがひどくなったりすることもありますから。

坪井 確かにもの忘れがひどくなりますね。

江花 頑張って外出したり,脳が良くなるパズルなどをしたりして,かえって悪くしている人もいるようです。 認知症が悪化するものではないという保証をすることが大事だと思います。

坪井 サポートというと,何かしてあげなければいけない,「私は何をしたらよいのか」ということになりがちですが,何もしなくてよいのです。 何もしなくてもよいことを医師が保証してあげる。それがかなりのサポートになると考えています。 治療期間が長くなると周囲もつらくなるので,どうしても働きかけをしたくなってしまう。すると,それがまた患者さんの負担になってしまうのです。

村上 うつ病は長期化する病気である,あるいは長期間のサポートが必要な疾患だという認識がないと, 3 ヵ月くらいで担当医のほうが焦燥感におそわれたり,自分の治療技術に対する自信のなさが出てきてしまいます。 それで逆に,患者さんをプッシュし始めてしまう。「そろそろ仕事をしたらどうですか」や,「いつまで休んでいるの」と言う人までいます。 それでは,患者さんがサポートを失ってしまうことになりかねません。

専門医を受診しても,劇的に良くはならないし,長くかかるものは長くかかる。 やはり「だれ」が診るかよりも「どう」診るか,「どう」サポートするかも大切です。 どれくらい長く根気良くサポートできるか,が重要になると考えています。

中尾 「だれ」が診るかよりも,「どう」診るか,ですね。 まさに,うつ病治療は長期間になる場合が多く,「あせるな」ということですね。本日はありがとうございました。

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