■治療学・座談会■
心筋症はどこまでわかったか
出席者(発言順)
(司会) 小室一成 氏(千葉大学大学院医学研究院循環病態医科学)
森田啓行 氏(東京大学大学院医学系研究科健康医科学創造講座)
川名正敏 氏(東京女子医科大学附属青山病院)

心筋症と遺伝子変異

小室 わが国において心臓移植の適応患者の大半が拡張型心筋症です。 したがって,この疾患の重要性は,他国と比較しても大きいのではないかと思います。 今回は,病態生理から臨床上のトピックスまで,専門の先生方からお話を伺いたいと思います。

■肥大型心筋症と拡張型心筋症の原因遺伝子

小室 1990 年,ハーバード大学の Seidman グループが家族性肥大型心筋症の家系を解析し, その結果,原因は心筋βミオシン重鎖遺伝子の変異であると発表しました。 それ以降,肥大型心筋症ばかりでなく拡張型心筋症,拘束型心筋症,不整脈源性右室心筋症(ARVC)などの 原因遺伝子が明らかになってきましたが,実際にどのような遺伝子の異常なのか,Seidman グループの研究所から帰国したばかりの 森田啓行先生にお話しいただきたいと思います。

森田 心筋症の大部分を,肥大型心筋症と拡張型心筋症という 2 つの疾患群が占めています。 現在のところ,肥大型の約 6 割,拡張型の約 2 割,さらに特定心筋症においても原因遺伝子が明らかになってきています。

 肥大型心筋症は,心筋βミオシン重鎖の遺伝子変異の発見以降,さまざまなサルコメアの構成蛋白の遺伝子変異が見つかっています。 心筋ミオシン重鎖遺伝子とミオシン結合蛋白遺伝子の異常が最も多く,次いでトロポニン T 遺伝子の変異です。 原因遺伝子変異がわかっているもののうち日米ともに 8 割程度がこれらの異常によるとされています。

 現在,肥大型心筋症だけでも 400 種類を超えるサルコメア蛋白の遺伝子変異が発見されています。 それ以外にもタイチン,Z 帯の構成蛋白,メタビンキュリンなど心筋間の介在板を構成する蛋白の遺伝子変異も見つかっています。

 また,肥大型心筋症の 10%程度が拡張相へと移行するというデータがあり,この移行と関連する遺伝子変異も明らかになっています。

 一方,拡張型心筋症は肥大型に比べると,原因遺伝子変異は 20%程度しか同定されていません。 サルコメアの遺伝子変異,Z 帯を構成する蛋白や細胞骨格,非常に少数ですが Ca 代謝に関わる蛋白である phospholamban などの遺伝子変異, 転写因子の遺伝子変異などが明らかになっています。遺伝子変異は,肥大型に比べると非常に多岐にわたっています。

■不整脈源性右室心筋症と拘束型心筋症の原因遺伝子

小室 ARVC や拘束型はどうでしょうか。

森田 不整脈源性右室心筋症(arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy:ARVC)は ARVD(arrhythmogenic right ventricular dysplasia)ともよばれますが, 心筋細胞間の接着に関わるデスモソームの構成蛋白遺伝子の異常であることがわかっており,プラコグロビンやデスモプラキンなど数種類が発見されています。 リアノジン受容体のミスセンス変異も ARVD をきたしますが,これはカテコラミン誘発性心室頻拍症の原因遺伝子としても知られています。

 拘束型心筋症の一部はトロポニン I の遺伝子変異といわれていますが,肥大型との鑑別が難しいこともあり,まだ検証が必要です。

小室 心筋症とは異なりますが,Wolff-Parkinson-White(WPW)症候群はどのような遺伝子異常が考えられていますか。

森田 肥大型心筋症には WPW 症候群を合併しやすいと古くから言われており,今までさまざまな遺伝子解析が進められてきました。 結果的には,このような患者は AMP キナーゼをコードする遺伝子 PRKAG2 の変異により起こるグリコーゲン貯留性心筋症の家系であったことが明らかになっています。 これは明らかに病態が異なるので,これを肥大型心筋症に含めるかどうかは,議論のあるところだと思います。

■モデルマウスによる解析の限界

小室 はたして実際,遺伝子異常が肥大型,拡張型,あるいは ARVC などを発症するのかという問いについてはさまざまな説があり, 心筋の筋肉機能,あるいはメカニカルストレスに対する反応などと結びつける考え方もありますが,現段階ではどの説が有力でしょうか。

森田 遺伝子変異がどのような影響を病態生理に及ぼし疾患に至るのかを検討する際には, モデルマウスでの解析が主流になると思います。しかし,マウスとヒトとはまったく同じというわけではありません 。たとえば,肥大型の原因遺伝子変異を導入したヘテロタイプマウスでは,肥大型心筋症を発症しますが, それを掛け合わせて作製したホモ接合体のマウスでは拡張型のような病態を呈するという報告があります。 こうしたことから,肥大型心筋症の重症型が拡張型心筋症を発症するというデータが出されましたが, ヒトでは,肥大型になる原因遺伝子変異と拡張型になるそれとは,現在のところオーバーラップはなく両者になりうる遺伝子変異は発見されていません。

 また,血族内結婚によって肥大型のサルコメア遺伝子変異のホモ接合体となった子どもは,重篤な肥大型心筋症を発症します。 つまり,同じ遺伝子変異を 2 コピーもつようなヒトでは,拡張型ではなく重篤な肥大型心筋症になるのです。 あるいは,父方,母方から別々の肥大型心筋症遺伝子変異を引き継いだ複合ヘテロ接合体の子どもは,拡張型ではなく肥大型を発症します。 こうした臨床疫学的なエビデンスからも,ヒトはマウスとは違うプログラムなのではないかと考えられています。

■サルコメア遺伝子と Ca 感受性

森田 サルコメア遺伝子については,東京医科歯科大学の木村彰方先生のグループが非常にわかりやすいモデルを提唱しておられます。

 肥大型では,サルコメアどうしが非常に硬く接着し各コンポーネントの結合が強くなる“スティッフ(stiff:硬い)サルコメア”になると説いておられます。 心筋にストレッチの刺激が加わったときに非常に伸びにくいために張力発生が亢進され,肥大のシグナルが発現増加される。 一方拡張型では,逆に各コンポーネント間の結合が非常に緩くなり伸びやすくなっていて,張力の発生も低下し,“ルース(loose:ゆるい)サルコメア”になる。 これまでの遺伝子変異のありようが非常によく説明されている魅力的なモデルだと思います。

 それから,トロポニン T などでは肥大型を発症するような遺伝子変異では Ca 感受性は亢進し,拡張型を発症するような変異では抑制されるというデータも出されています。

小室 木村先生のスティッフ,ルースサルコメアと Ca 感受性は関係しないのでしょうか。

森田 強い張力がかかると筋収縮の Ca 感受性が亢進するようです。この Ca 説は,Seidman グループも同意見で,欧米でもこの考えが多いと思います。

川名 以前,構造蛋白の遺伝子改変マウスで著明な心肥大がみられたものに対して, カルシニューリン阻害薬(シクロスポリンなど)を投与すると,構造蛋白の異常はそのままなのに肥大の改善がみられたというデータが報告されたことがありました。 Ca の動きが構造蛋白の変化にかかわらず大きく影響するという興味深いものでしたが……。

小室 いろいろな肥大型のモデルマウスで Ca の関与が証明された実験でした。 圧負荷モデルマウスで肥大が形成されるときにカルシニューリン−NFAT(nuclear factor of activated T cells)が重要だという説が, 肥大型心筋症マウスにも当てはまるというデータだったと思います。

森田 それとの関係はわかりませんが,最近,カルサルチン 1 をコードする遺伝子である MYOZ2 のミスセンス変異が 肥大型心筋症を発症するという報告がなされています。機序にはまったく触れられていませんが, カルサルチンの抑制がカルシニューリン−NFAT の活性化をきたすのではないかと,ノックアウトマウスのデータを参考に議論されていました。

■心室の片方だけに発症する理由

川名 ARVC について,右室だけに発症する理由は明らかになっているのでしょうか。

森田 デスモソームの遺伝子変異で起こる左側 ARVD とよばれるものがありますが,機序については明らかではありません。 左側 ARVD というのは言葉としても矛盾ではないかと思いますが……。

川名 ARVC を呈していたアスリートなどは急に症状が悪化すると言われており,学童などに対する運動制限は, 肥大型心筋症患者よりも強く行うべきだと思っています。特に右室は,ストレスがかかると非常に弱いでしょう。

小室 心臓の右,左がどのようにできるかは明らかになってきましたが,ARVC がなぜ右室に発症するかは皆目わかりません。

 非常に興味深いことに,遺伝子改変マウスで本来,右室,左室の両方に発現が予想される遺伝子で,片方だけに発現がみられることがあります。しかし,それも原因は不明です。

■遺伝子解析の臨床応用

小室 日常診療で遺伝子解析を行う意義はあるのでしょうか。

森田 遺伝子変異の同定が,確定診断はもとより,突然死や心不全の臨床症状を予測する手段として,期待されるのではないかと思います。

小室 特に肥大型心筋症は日常診療でも多く経験する疾患です。たとえば心筋βミオシン重鎖遺伝子の変異では肥大が顕著で予後は比較的良好, トロポニン T 異常は肥大は強くないが予後は不良,ミオシン結合蛋白の場合には晩期発症で予後は良好,というように一般的に考えられていますが,定説になっているのでしょうか。

森田 そのような報告がある時期続出しましたが,ほぼコンセンサスを得られたのは,トロポニン T の変異だけで, 肥大は比較的軽度だが突然死例が多いということです。大規模にスクリーニングを行うと,ミオシン結合蛋白の遺伝子変異などは必ずしも晩期発症ではないことも明らかになっています。

 自験例ですが,小児の原因不明の心肥大症例を解析しても,ミオシン結合蛋白の遺伝子異常がかなり認められ,晩期発症に関しては異論があるかと思います。

小室 たとえば塩基性から酸性のアミノ酸に変異するような分子は,立体構造を大きく変えるので予後は不良と言われていますが,それはどうでしょうか。

森田 たしかに塩基性から酸性のアミノ酸残基に変わると予後不良などという議論もかなり行われましたが, 大規模な解析の結果,変化が大きいほど症状が強いかというと必ずしもそうではありません。 ただ,蛋白の構造上,重要な部位に位置する分子,あるいは遺伝的に高度に保存された領域で起こる変化に関しては,顕著な症状を呈することが認められています。

小室 すると,変異が起こっているアミノ酸から,予後をある程度予測することが可能な段階にきているのでしょうか。

森田 現在のところ予後予測までには至っていません。ただ今までフェノタイプで分けてきた疾患カテゴリーを, 遺伝子型を用いて見直すことも可能な時期にきているとは思います。

 診断には臨床症状が第一で,それを補足する情報として遺伝子解析を活用するのがよいのではないでしょうか。

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