■治療学・座談会■
高齢社会における肺炎をどう診るか
出席者(発言順)
渡辺 彰
(東北大学加齢医学研究所抗感染症薬開発研究部門)
綿貫祐司 氏(横浜市立大学大学院病態免疫制御内科学)
中森祥隆 氏(国家公務員共済組合連合会三宿病院呼吸器科)
寺本信嗣 氏(国立病院機構東京病院呼吸器内科)

重要性が増した肺炎臨床

渡辺 本日は,高齢者の感染症を含めて,日常診療で呼吸器科を担っておられる先生方にお集まりいただきました。

■肺炎が死亡原因の第4位に浮上

渡辺 高齢者肺炎の重要性について,綿貫祐司先生,日本の統計からその変遷をご紹介いただけますでしょうか。

綿貫 最近の生活習慣病の 3 大死因は,悪性新生物,心血管疾患,脳血管障害となっています。 肺炎は,1950 年ころまでは脳卒中に次いで第 2 位でしたが,薬物療法の進歩などで死亡率が減り,8 位くらいになりました。 ところが,この 10 年間,人口の高齢化に伴い増加してきました。現在,肺炎による死亡は第 4 位で,全死亡の 10%ほどになっています。

渡辺 中森祥隆先生,特に高齢者人口の増加との関連について,ご追加いただけますか。

中森 他の施設も同様かと思いますが,一線の病院では入院患者の 7 割以上が高齢者で,なかでも後期高齢者, 超高齢者の割合が多くなっています。ですから,入院患者の死亡率は高くならざるをえません。 平成 17(2005)年の『国民衛生の動向』で肺炎の死亡率をみると,50〜60 代では,5 歳間隔でほぼ倍々で増えています。 65〜69 歳は対 10 万人あたりで平均 44,80 歳では 600 近くになり,90 歳の人では 2000(女性)〜4000(男性)と,年齢による増加が顕著になっています。

■脳血管障害死亡の減少と肺炎死亡の増加

渡辺 寺本信嗣先生,いかがでしょうか。

寺本 嚥下性肺疾患研究会が 1 年間フォローアップした調査によると, 肺炎は 70 歳以上の入院患者が 7〜8 割を占めています。肺炎入院患者イコール高齢入院患者と言っても過言ではありません。 入院患者も増加していますし,死亡者も増えています。「内科臨床」の現状は,「高齢者臨床」になっています。

疫学について追加すると,脳卒中による死亡者は減少しましたが,罹患者数は減ってはいません。完全治癒に至らない脳卒中の既往者が肺炎で亡くなっています。 ですから,脳血管障害死亡の減少と肺炎死亡の増加はみごとに相関しています。

渡辺 確かに悪性新生物でも,直接の死因は肺炎になることはかなりありますね。

高齢者で肺炎が多い理由

■だれも気づかない不顕性誤嚥

渡辺 高齢者肺炎のほとんどが誤嚥によるとされていますが,いかがでしょうか。

寺本 臨床現場の事実先行型の知見かもしれませんが,誤嚥は食事時だけでなく,就寝時でも高頻度で起きています。 明らかな脳神経疾患をもたなくても,高齢者では「不顕性誤嚥」が常に起きています。 若い人でも,約 30%が誤嚥しているというデータがあります。患者自身のもつ常在菌が,不顕性誤嚥により病原体になっていることが考えられます。

 ただ問題なのは,不顕性誤嚥をリハビリテーション領域では,「むせたが反射がなかったもの」を表すのに対し, 呼吸器科では「夜間だれも気づかないうちに,無意識に誤嚥してしまっていること」を指していることです。 そこを整理しないと,議論にはなりません。呼吸器科の専門医のなかにも誤解されている人はおられます。 食事中に誤嚥しても,食物の塊には細菌は付いていません。不顕性誤嚥は毎日起こっていて, いつの誤嚥が気道を閉塞して肺炎を起こしたのかが,患者自身にわからないところが, 高齢者の肺炎をあいまいにする最大の要因ではないかと考えています。

綿貫 広い意味での不顕性誤嚥に関して,特に高齢者では,免疫グロブリンの減少と,唾液分泌の低下に伴い, 口腔内の常在菌が増加しています。それらが少しずつ下気道に流入し感染を起こすことは確かです。 高齢者では,気道粘膜の繊毛運動や痰の排出能が落ち,気管支粘膜の感染防御能が低下しているため, 経気道的に入った細菌をなかなか排出できないことも大きな原因になっています。

 さらに,胃食道逆流(GERD)が問題になります。高齢者の多くが薬剤を複数併用しているため, そのなかの制酸薬や H2ブロッカーが胃内の pH を上昇させ,腸内細菌を増殖しやすくしています。 それらが,GERD により気道に流れ込むことも考えられます。それ以外にも,原因はあろうかと思います。

寺本 ほかに,肺機能のベースがどの程度良いか,体位変換がうまくできるかなど, 気道を閉じてしまうことがかなり重要な要件になっています。寝たきりで寝返りのできない人など,そういうことが不利に働くのではないかと考えています。

■インフルエンザ罹患後の二次感染

渡辺 高齢者の肺炎は,冬季のインフルエンザ流行期に増加するといわれていますが,いかがでしょうか。

中森 確かにインフルエンザの流行期に高齢者の死亡率が上がるのには関与していると思います。 インフルエンザ自体,通常の風邪とは違い,全身症状が強く出ます。日常生活動作能力(ADL)の低下も起きますし,元気さもなくなり, 二次感染の危険性のある誤嚥もしやすくなります。インフルエンザ自体による肺炎の頻度はそれほど高くはなく, その後の二次的な肺炎が問題だと思います。最近は多くの高齢者がインフルエンザワクチンの接種を受けていますので, 流行にもよりますが,インフルエンザによる肺炎の発症頻度はそれほどでもないという印象をもっています。

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