■治療学・座談会■
肺高血圧症治療の進歩
出席者(発言順)
(司会)佐藤 徹 氏(杏林大学医学部循環器内科)
京谷晋吾 氏(内科・循環器内科京谷医院)
松原広己 氏(独立行政法人国立病院機構岡山医療センター循環器科)
国枝武義 氏(国際医療福祉大学臨床医学研究センター化学療法研究所附属病院循環器内科)

診  断

■治療法選択に必要な重症度の判断

佐藤 肺高血圧症(PH)の薬物治療は,1999 年のエポプロステノールナトリウム(エポプロステノール)の出現以降, 急速に進歩し選択肢が増加しました。 本日は,診断と治療の現状について議論したいと考え,第一人者の先生方にお集まりいただきました。 まずは診断から,京谷晋吾先生,いかがでしょうか。

京谷 エビアンでの分類以降,基本的には同じ分類が使われています。 種々の分類が周知されてはいますが,症例によってはそれらが複雑にからみあい,どれが主体なのか判断が難しいことがあります。 私が相談を受ける症例の多くで,診断上の混乱があるように思います。

 たとえば本日相談を受けた症例は,心房中隔欠損症で根治術を受けていました。 ただ,資料が十分ではなく,根治術以前からどの程度の PH があったのか,心房中隔欠損に伴って肺血管病変が進んだ症例なのか, それとも術後の収縮性心膜炎からうっ血性心不全による PH を合併しているのか,判断が難しいものでした。

 病型によって,主となる治療法が異なります。たとえば流入障害が主体であれば,心膜剥離や利尿薬による心不全治療が想定され, 予後も違ってきます。当然ですが,重症度や予後をどのように把握するかで,治療法が変わります。

佐藤 松原広己先生,いかがでしょうか。

松原 以前に多かったものは,いわゆる原発性,現在で言う特発性肺高血圧症(IPH)で, 実は正体は慢性肺血栓塞栓だったというケースです。これらは同じ肺高血圧と言っても治療法がまったく違いますので, 見分けることが重要になります。最近はかなり周知されてきたのか,このようなケースはだいぶ減ってはいます。

 もう 1 つ,治療を考えるうえで重要なのは,IPH を疑って治療を始めてみたら肺うっ血や肺水腫を起こすという, 肺静脈閉塞症(PVOD)や肺毛細血管腫症(PCH)が疑われるケースを見分けることです。 これらは IPH を疑う症例の 1 割程度という報告もありますが,われわれの印象では 15〜20%になります。 中年以降の,特に高齢の男性に多いので,注意が必要です。

■肺静脈閉塞症をどこで疑うか

佐藤 経過中に,肺静脈閉塞症が判明する場合があると思いますが,肺水腫のほか,PVOD をどのようなことから疑いますか。

松原 印象として,男女比があげられます。1 対 1 とされていますが,日常診療では女性より男性が多いようです。 40 歳以下の人ではほとんどみられません。そういう人は喫煙歴をもつことが多く, 呼吸機能で一酸化炭素拡散能(DLco)が低く,30%未満のことが多いです。

 もう 1 つ特徴的なのは,6 分間歩行時の動脈血酸素飽和度(SaO2)の低下がかなり高度であることです。 ある程度の距離を歩けたとしても,安静時には 90%以上保てているものが,その間には 80%を切るほどに下がってしまいます。

 CT 所見はある程度参考になりますが,治療開始前は CT 所見だけではあまり確定的なことは言えません。 特徴的な所見がある場合もありますが,ほとんどで肺動脈楔入圧は正常です。それで,カテーテル検査のデータだけでは診断がつかず, 傍証を拾い集め,最終的にいくつかそろうようであれば,最初から PVOD を疑った治療を行います。

 エポプロステノールに限らず,プロスタサイクリン(PGI2)製剤も肺水腫を起こしやすい印象があるので, そういうケースにベラプロストナトリウム(ベラプロスト)は可能なかぎり使用しないようにしています。

 最終的には組織を確認する必要がありますが,エポプロステノール使用で他剤を数種併用しても,うっ血が強くなる, あるいは肺動脈圧が高くなるのであれば,薬剤の切り替えをしています。 エポプロステノールの使用時には,万が一を考えておかないと,使い始めたがために,かえって悪化させ,状況によっては命を落とすことさえあります。

佐藤 国枝武義先生,いかがでしょうか。

国枝 肺動脈性肺高血圧症(PAH)で最も予後が悪いのは肺線維症合併例で,治療に抵抗性で急激に進行して死亡します。 一般に肺線維症では PH はきませんので,肺線維症で PH のある症例は IPAH と特発性肺線維症(IPF)の合併例と考えられます。 著明な低 O2 血症があり,予後がきわめて悪いのが特徴です。膠原病でも似たような症例があります。

■重視すべき指標は何か

佐藤 診断時のどのような指標を重視して,治療を考えておられますか。

京谷 症状の強い症例が重症である可能性は高いのですが,重症,特に最重症を鑑別するポイントは, 肺動脈圧よりも心拍出量の低下です。カテーテル検査では,混合静脈血酸素飽和度を調べることも参考になり, 右室拡張期圧,右房圧の上昇も重要な指標です。心拍出量が著しく低下し右房圧が上がっている症例は, 本当に最重症と考えて治療を進めていく必要があります。

松原 同意見です。ただ,他の指標は血行動態を反映しているにすぎません。 脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が高い,6 分間歩行距離が短縮するなど,結局は心拍出量の低さや拡張末期圧(EDP)の高さの反映でしかないので, 基本はそこだと思います。

 これは私見ですが,内服薬治療だけでよいかどうかをおおまかに見分けるのに,心電図の右室肥大を利用しています。 圧が高ければ右室肥大を起こしますが,V1誘導の R 波が増高している人は,内服薬だけでは圧が下がらないことが多いので,有用だと思っています。 現在データ発表を検討しています。

国枝 PH の重症度は,その時点の病変と進行度によって違います。 たとえば Eisenmenger 症候群と IPAH とは進行度が違うので,治療法もまったく違ってきます。 そういう意味で,病状進行の緩徐化を含めて,治療を考える必要があります。 ただ,心電図はどうしても電気現象なので,多少なりとも伝導障害があれば,参考にならないこともあります。

佐藤 その理由のひとつは,左心室系の肥大があると,マスクされてしまうからです。特異度と感度の設定をどうするかですね。

松原 心電図は日本全国どこでも簡単に行えるので,目安のひとつになればと少し期待をしています。

■6 分間歩行距離測定は有用か

佐藤 6 分間歩行距離が,臨床試験などで第一次評価項目になっています。 多施設で行うのでバラツキが出ますが,どうお考えでしょうか。

京谷 6 分間歩行距離は基本的には有意義な指標ですが,現状は解析の手法が適切でないと思います。 大雑把に言って,350 m 以上歩ける人とそうでない人では,病状や予想される予後に明らかに差があります。 ですが,450 m 歩けた人と 500 m 歩けた人に差があるか,450 m が 500 m に延長したから予後が改善されたと言えるかについては疑問です。 6 分間歩行距離を予後指標として用いる場合は,その症例ごとに意味をよく検討しなくてはなりません。

国枝 最初にがんばり過ぎてしまうとか……。

佐藤 逆に慣れてきて,少し適当になってしまうことも……。

京谷 科学的な再現性を求めるのであれば,1 回予備練習をやって,その日は疲労しているので, 翌日以降に 2 回目あるいは 3 回目の実験をして,それらのデータの差が一定内に収まっていたら採用すればよいのです。 ただ,それはあくまで理屈上で,数値の解釈が間違っていれば,どうしようもありません。 たとえば 280 m しか歩けない人は,どのように頑張っても,あまり良い数値にはなりません。 くり返しますが,数値が一人歩きしないようにしなくてはなりません。

松原 当院では,患者に入院してもらい,リハビリテーション室に依頼して,6 分間歩行距離を測定しています。 そのほか,筋力測定も同時に行ってもらい,6 分間歩行距離と最も相関するものは下肢の筋力だとわかりました。 ということは,入院して安静にしていれば,それだけで距離が縮んでくるということになります。

佐藤 日常でどれだけ活動しているかも,かなり影響するということですね。

京谷 その意味で,臨床試験で有意差が出るかという議論に使う指標としてはあまり良いとは言えません。

松原 最初に行う検査として,患者の状態をざっくりと把握するには適していると思います。

次のページへ