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インフォーミング・ジャッジメント
インフォーミング・ジャッジメント
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0 日本語訳にあたって
  序文 (Foreword)
Mike Clarke,Daniel M. Fox,Peter Langhorne
  イントロダクション:6つのケーススタディからのレッスン
 (Introduction:Lessons from Six Case Studies)

Daniel M. Fox,Andrew D. Oxman
渡邉 裕司(浜松医科大学 臨床薬理学)
津谷喜一郎(東京大学大学院薬学系研究科 医薬経済学)
イントロダクション:6つのケーススタディからのレッスン

Introduction:Lessons from Six Case Studies
   Daniel M. Fox  President, Milbank Memorial Fund
   Andrew D. Oxman  Director, The Cochrane Collaboration
訳:  渡邉  裕司(浜松医科大学 臨床薬理学)
   津谷 喜一郎(東京大学大学院薬学系研究科 医薬経済学)

■□■  3種の政治(Three Types of Politics)  ■□■
 このシリーズで紹介されるケースは,特定の国における3種の政治(politics)に関する報告である。第一は,研究の政治である。すなわち,計画,実行,評価,統合,さらにエビデンスに基づく知見をコミュニケートする,ヘルスケア科学者の判断と彼ら相互の関係である。第二は,ヘルスポリシーについての政治である。つまり,どのような臨床的介入が適正であるかを決めるために,誰が何のために誰の権限で何をするか,またそれによる報酬の決定についてである。第三は,研究者とポリシーメーカーの間の協力関係の政治である。前者が後者にエビデンスと知見を提供することにより,後者の判断がどのように形成されるかである。

 おのおののケースには異なった背景と内容がある。たとえば,研究者とポリシーメーカーの長い時間と十分な費用を費やした協力関係を報告しているものもあれば,最近になって始められた協力関係も含まれている。これらの違いにもかかわらず,ケーススタディの著者らは,彼らの経験に多くの類似点があり,また他者から学ぶべき点が多いことを報告している。少なくとも,これらのケーススタディの準備に携わった者にとっては,報告された内容は,さまざまな政治的環境を越えて共鳴しているようである。

 著者らはおのおののケースの参加者でもある。すなわち,研究者とポリシーメーカーは,彼らが共同で行った作業を記述し,評価していることになる。著者らは,各ケースで報告された事項について何が適切で慎重であったかについて,はっきりとした意見をもっている。研究者とポリシーメーカーは互いの作業に関し,十分な知識に基づく意見をもっていることがしばしばある。またポリシーメーカーらは,研究分野の理論と方法について,多くの知識をもっている。同様に,研究者は選択されたポリシーや,却下されたポリシーの代替案についても意見をもっている。
■□■  インフォーミング・ジャッジメント:重要なレッスン  
   (Informing Judgment:The Overriding Lesson)  ■□■
 このレポートの序文において,これらのケースを生んだプロジェクトについて述べている。まず,著者についての説明がある。それぞれのケースの著者は,匿名を希望した人々を含め,彼らの作業に貢献した人々に謝意を表している。われわれは著者同士が,自分達の仕事について互いに厳しく批評し合い,確認しあった成果,およびすべての,もしくは,ほとんどのケースにあてはまるとみられる一般化の試みの結果について報告する。

 6つのケースについての議論によって以下の,最優先の一般的事項が導かれた。すなわち「研究者とポリシーメーカーの協力関係の適切な目的は,研究から得たエビデンスを,ポリシーメーカーの判断のために提供し,ポリシーメーカーがその判断について説明できるようになることである」。

 この概念は,すべての国において,ポリシーを伝達するために研究を試みる者,ポリシーメーカーに有用となるように研究を役立たせようとする者,また入手できうる最良のエビデンスに基づいてポリシーを立案する者にとり,3つの意味がある。

 第一に,ポリシーメーカーのみが,ポリシーの決定において責任を負っているという点である。彼らが責任を負う相手とは,上級公務員,有権者,メディアを含んでおり,ポリシーメーカーは,彼らの正誤の判断能力についても責任を負っている。さらに,ポリシーメーカーは,多様な情報を用いて判断を下す。そのなかで科学的なエビデンスは単なる一つの要素である。他の情報とは,経済的実現可能性や有権者の好みに加え,政治的文化,利益団体,アドボケート,メディアなどを含んでいる。ポリシーメーカーと研究者が,異なる種類のエビデンスや,ヘルスポリシーについての判断力を提供する,それぞれの役割について,共通の認識をもつことは重要なことである。

 第二に,研究者はポリシーメーカーとは異なった面で責任を負っているという点である。研究者は,科学者仲間やポリシーメーキングをする協力者に責任をもつ。研究で用いた理論や方法から得た,最善の入手可能なエビデンスを提供することにも責任がある。

 第三に,研究者はポリシーメーカーの判断の伝達を手助けできる,という点である。研究者とポリシーメーカーは,それぞれがどのような役割を担うかに明確であれば,互いに建設的な関係を保つことができる。最も重要なのは,フォーマルまたはインフォーマルな約束のうえで,プロセスを調整することが役立つということである。これらの約束としては,たとえば機密性,互いのコミュニケーション,共同作業者としての任務の取り決めについて,双方が同意したルールが記述されていることが望ましい。これらについて,あるポリシーメーカーは,「ルールは明確であればあるほどよい」としている。物事を決定するプロセスは,それにかかわるすべての人に対し,明白なものでなければならない。それと同時に,ポリシーメーカーと研究者は,彼らの作業が未完成の段階で外にでることなく,率直に意見を述べあうことができる「機会の窓」(windows of opportunity)をもつことがしばしば重要であるとの見方に同意した。
■□■  その他の重要なレッスン (Other Significant Lesson)  ■□■
これらのケースを書いた研究者とポリシーメーカーは,協力関係とは,ポリシーメーカーの適切な判断に役立つ情報を提供することである,という最優先概念以外に,以下の概念にも同意した。
研究とポリシーメーキングは,複雑な活動で互いに違ったものであるので,相互理解のためには,意識的な努力が必要とされる。したがってポリシーメーキングをより効果的に伝えるために研究者は,その土地の政治的文化について,システマティックな理解が必要である。それだけではなく,ポリシーメーカーがもつ関心,見方,優先順位についても知っていなければならない。ある研究者は,「研究からポリシーへ通じる道はリニアではない」としている。また他の研究者は,「バイアスをもっていない人々はいない」と付け加えている。ポリシーメーカーは,研究者は政治的な問題にかかわっていることについて不満をもつべきではないと主張し,「ポリシーメーカーは,とりわけ利益団体やアドボケートからの政治的妨害により,研究者に助けを求めたくなることがしばしばある」と述べている。
ポリシーメーカーは研究者の知識,能力,要求を尊重することにより,相互理解の達成を助けることができる。あるポリシーメーカーは,「研究者とポリシーメーカーの,それぞれの業務を支えるために,プロセスが提示されなければならない」としている。同様に,ポリシーメーカーと研究者は,それぞれが手がける時間のフレームの違いを調整することを学ばなければならない。ある研究者は,「一つのポリシーを決めるための協力関係のプロセスで,研究者は他の重要な研究に対する理解力を深めることができ,どのように研究とポリシーを関連付けるかを学ぶことができる」としている。
協力関係は,研究者とポリシーメーカー双方にとってのよい経験のもとに成り立つものである。よい経験を得るために,あるポリシーメーカーは,「作業のルールは,適切な目標と,成功についての定義を含まなければならない」としている。
研究者とポリシーメーカーの効果的な協力関係は,双方のグループがポリシーの評価をするという,政策決定プロセスの後も共同作業を続けることで向上する場合が多い。政策決定には,経験が影響するものである。政策立案の間の協力関係の経験は,評価やその後の改善のために重要である。たとえば,各ケースの著者らは,ある国の経験は,他の国にあわせた翻訳なしでは伝わらないものの,作業の評価や一般化のための共同作業が,彼らにとって役に立つものであったと共感している。
個人間の信頼は年月をかけて育成されるものである。ヘルスポリシー作成のプロセスは,可能な条件下ならば,ポリシーメーカーと研究者の長期間における協力関係の機会を創造し,維持させる。
研究を実施するために伝えたり,特定のポリシーの効果を評価すること以外に,ヘルスポリシー作成のプロセスを改善させるための仮説を厳格に評価する必要がある。
■□■  ケースの配列:目次  
   (Arraying the Cases:The Table of Contents)  ■□■
 協力関係の時間的長さと強さによりケースを並べた。オーストラリアとブリティッシュコロンビアのケースは,研究者とポリシーメーカーの長期にわたる関係を述べている。アメリカのケースは,統合的なヘルスシステムで900万人の人々にサービスを提供し,形式に沿った企業体制と訓練により,長年にわたりポリシーと研究を連結させているカイザー保険について述べている。ノルウェーと英国のケースは,比較的新しい関係と制度上の取り決めについて説明している。南アフリカのケースは,貧しい国においてポリシーを普及させることは,非常に困難であるという内容を伝えている。
■□■  本プロジェクトの達成目標  
   (What This Project Hopes to Achieve)  ■□■
 6つのケースはすべて内容豊富であり,またポリシーへ導くための,研究の難しさの分析も記述している。そして,これらのケースは,ポリシーメーカーと研究者の協力関係が,エビデンスの解釈と応用についてばかりでなく,歴史,文化,信仰,利益的関心などにも及んでいることを説明している。同時に,特定の状況のなかで判断を下したり,まれなケースのエビデンスを考察したりする一方,ヘルスポリシーメーカーは,万国において類似した決定,たとえば,どのヘルステクノロジーに資金を提供するか,などの問題に直面するので,エビデンスのレビューを共有することを通じて,多くを学ぶことができる。コクラン共同計画は,この種類の国際的共同研究の可能性をもっている例の一つである。

 ある著者が述べたように,「われわれは成功を祝福し,よいサンプルを共有し合うべきである」。研究者やポリシーメーカーらは,より多くのケースを執筆し読むことによって利益を得ることが可能である。Milbank Memorial Fund は,研究者とヘルスポリシーメーカーらの協力関係について,喜んで委託し,また出版し,適切な時には,著者らを国境を越えて召喚するだろう。興味のある方は,委託ケースの判断基準,それらの出版のレビューや認定についてのインフォメーションについて,われわれのいずれかに連絡をしていただきたい。ポリシーメーカーが,彼らの評価内容を伝達するために行った研究から得られる,エビデンスの活用を向上させることに加え,われわれは,研究の成功を導く方法や,ミスを避ける方法の意見交換を推進させる目的で,国際ネットワークを設立,援助し,それを通じてここに報告された多くの経験のうえに,基盤を築くことを考えている。
■□■  引き続いて起きる出来事(Subsequent Events)  ■□■
 情報を交換するもう一つの理由は,ポリシーメーキングの政治は,時間とともに変わるという点である。著者と編集者が今回のケースを出版する準備をしている間にも,いくつかの国で重要なことが起きた。オーストラリアと英国で,処方箋におけるポリシーを導くエビデンスの利用が,一時的に逆転される指示があった。また,カナダとノルウェーではケーススタディで報告された,いくつかの作業を続けることへの期待が薄れた。対照的に,HIVの母子感染減少の対策に関する南アフリカのポリシーの変更では,研究の調査で,著者らの前回までの報告より有力な結果が得られた。いくつかのケースの著者らは,これらのケースについての情報を付け加えた。オーストラリアで起きた事柄は,非常にドラマティックであった。そこでわれわれは,あるジャーナリストにその記述を依頼した。また,それがこのケースに対する著者らの考えを必ずしも反映するものではない,ということを強調するために,これらの記述は別の章として記載した。

 著者らの最近の出来事やコメントの報告は,これらのケースについていくつかの質問を投げかけ,また,われわれがそれらから何を学べるかを問うている。第一に,すべてのケースの報告において,ある程度の自己検閲があることは疑えない。著者らが深くそれぞれのケースに関わっていた,ということを考えれば驚くべきことではないが,ケースの報告においてやや過剰に楽観的な状況を描くこともありうるだろう。

 第二に,オーストラリアやブリティッシュコロンビアでの最近の出来事は,たとえ法のもとで制度化されて決定されたプロセスであっても,既得権者や,政治体制の変化によって脅かされたり,取り消されたりする可能性があることを示唆している。これはオーストラリアや,pharmacare のディレクターの求めに応じて召喚されたReference Drug Program's Expert Advisory Committeeが,ほとんど気付かれないまま利用されない状態にあるブリティッシュコロンビアで,今後実際に起こりうることである。

 第三に,「イエス」ということは「ノー」というより簡単であるという点である。これはインフルエンザにおけるzanamivirの使用に関するガイダンスが覆される際の,英国のNational Institute for Clinical Excellence (NICE)の決定の際に示されている。同様に,NICEが多発性硬化症(multiple sclerosis)のためのベータインターフェロンについて決定した際には,患者,スペシャリスト,製造会社の反対に直面した。同様の反応は,ノルウェーで喘息の治療にmontelukastを,National Insurance Administrationの償還リストに含まないようにアドバイスした際にも起きた。製薬会社は,患者や医師よりも,会社の利益を宣伝するための資源をより多くもっているが,彼らだけが医薬のポリシーに関して発言権をもっている団体ではない。さらに,今回報告されたケースにみられるように,製薬会社はしばしば利益拡大のために医師や患者組織と結びつく機会をもつことが多い。これらの利益が公的な利益(public interest)と一致すれば,問題にはならない。しかし,製薬会社の営利目的が,ヘルスサービスへ資金提供する者や利益を受ける者と摩擦を起こすこともしばしば起こる。

 第四に,上級のポリシーメーカーが長い期間その職に留まることは,まれであるという点である。Peterの原理(階級組織の中で人々は不適格なレベル(level of incompetence)にまでは昇格すること)に示されるように,研究のエビデンスの有効活用を含めて,よりよい意思決定を促進させるために,優秀で勤勉なポリシーメーカーは,早めに次の職場へと動くことが多い。ここでいう「ポリシーメーカー」とは,上級公務員と選任された職員の両方を含んでいる。政府再編成のためにしばしばある選挙と,公務員が彼らの領域を守ろうとする自然な傾向が,ポリシーメーカーと研究者の,長期間の協力関係を設立し維持するのに,新たな負担として加わる。研究者たちもまたいうまでもなく,しばしばそのポジションを変えるものである。

 6つのケース中,4つのケースにこれらの問題と退行がみられるが,われわれは楽観的でいたい。ポリシーメーカーの一判断に研究からのエビデンスの使用を促進する道は容易ではなく,また,これら6つのケースから得られたレッスンが,簡単な解決策を与えてくれるわけでもない。しかし,これら6つのケースは貴重なレッスンであり,その成功が永遠に続くわけではなくても,洞察力,インスピレーション,そして「成功を祝う」機会を与えてくれる。これらのケースと最近の出来事が教えてくれる最後のレッスンは,ポリシーメーカーと研究者の両方は,研究からのエビデンスを伝えられたうえで,ヘルスポリシーの判断がなされるように努力を続けなければならないという点である。それでなければ,エビデンスが伝えられることが乏しくて作成されたヘルスポリシーを黙認することになるのである。
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