目次へ pagetop
インフォーミング・ジャッジメント
インフォーミング・ジャッジメント
0 I I' II III IV V VI
V V. NICEとNHSによるリレンザの保険給付
 The National Institute for Clinical Excellence and Coverage of Relenza by the NHS
Andrew Dillon,Trevor G. Gibbs,Tim Riley,Trevor A. Sheldon
熊谷 雄治   北里大学東病院 治験管理センター
V. NICEとNHSによるリレンザの保険給付

The National Institute for Clinical Excellence and
Coverage of Relenza by the NHS
Andrew DillonTrevor G. GibbsTim RileyTrevor A. Sheldon
訳:  熊谷 雄治北里大学東病院 治験管理センター  
エグゼクティブ・サマリー(Executive Summary)
序 論(Introduction)
国立クリニカルエクセレンス研究所(NICE)
 (National Institute for Clinical Excellence(NICE))
考察と概括  (Reflection and Generalization)
文 献
用語集(Glossary)
付録1.初回ガイダンスからの抜粋:ザナミビル
 (Appendix 1. Extract of First Guidance: Zanamivir)
付録2.2001年エビデンスのサマリー:ザナミビル (リレンザ) のファスト・トラック評価
 (APPENDIX 2. Summary of Evidence 2000: Fast-Track Appraisal of Zanamivir (Relenza))

エグゼクティブ・サマリー(Executive Summary)
 国立クリニカルエクセレンス研究所(National Institute for Clinical Excellence, 以下NICE)は,患者にとって最良で,しかも費用対効果的である治療法について医師に助言し,最善の医療を確立することを目的として,1999年4月に英国政府により設立された。NICEは30人の専任スタッフと,初年度は約1千万ポンド(1,430万ドル)の予算を有しており,年間30〜50のテクノロジーを評価する計画である。

 政府はNICEにより,全患者が最新の治療を平等に受けられる体制が確立されることを望んでおり,一般に“郵便番号による配給の違い”と批判されている地域ごとの医療格差の現状を改善するためにNICEは設立された。国民保健サービス(The National Health Service: NHS)が,包括的で良質のサービスをすべての人に無料で提供することは不可能である。配給(rationing)は避けられないことであるが,政府はこれを避けられないと認めること,および意味をもった配給をすることに困難を感じてきた。

 このケーススタディーでは,NICEがどのように機能しているのか,および研究者とポリシーメーカーが政策立案の際に用いる研究エビデンスを増やすことについて,NICEがどの程度寄与したかを検討する。この検討では,特に新しい抗インフルエンザ薬として注目されているザナミビル(リレンザ)について,NICEが最初に行った評価に焦点を当てる。

 1999年10月,NICEは,ザナミビルがインフルエンザ症状以外は健常である人に対して中等度の効果しか得られなかった,という臨床試験から得られたエビデンスにもとづき,NHSに対しザナミビルの使用を反対する決定を行った。高リスク患者に対するザナミビルの効果については明確なエビデンスが得られないことから,NICEは一般開業医(general practitioner: GP)に対し,1999〜2000年のインフルエンザの時期にザナミビルを処方しないように勧告した。この決定は,その後2000年11月に高リスクグループに関するいくつかの新しいエビデンスにもとづいて変更された。

 NICEによるこれら最初の決定は,方針決定の基準,費用,NICEの決定や保健長官(secretary of state)の決定が臨床医をどれだけ拘束(bind)するかについて,重要な問題を提起した。

 それ以来,NICEは薬剤,医療器具やその他のヘルステクノロジーについて勧告(recommendation)を行ってきた。これらは,契約を結んだ学者によりレビューされ,その内容は研究者,医師,政策立案者(ポリシーメーカー),一般の代表者から構成されるNICE委員会が評価(appraisal)を作成する際の資料になる。このピアレビューと協議(cosultation)の後,最終評価(final appraisal)が作成され,それにもとづき,薬の保険給付と適応症に関してNHSへの勧告がなされる。

 このケーススタディーではNICEが英国内外に与える影響の潜在的な大きさを述べる。この結果,関係者に何が求められているのかを示すために,NICEは“ゲームのルール(rule of the game)”を明確にすることに力を注ぐこととなった。レビューと評価のプロセスには,高度に科学的な厳密性が必要であり,その過程においてユーザーも含めた利害関係者とのピアレビューと協議も行うべきである。

 医薬品業界は,通常の第III相試験ではNICEの要求を満たさず,経済性に関する情報とそれを扱う方法論について理解が必要であるとの認識に至った。また,経済的に実現可能(affordability)であることがNICEの方針決定の要因になることは明白であった。

 患者団体が組織されている疾患における治療ガイドラインの場合,NICEによる薬剤選択のガイダンスは受け入れられることが難しいであろう。明確なエビデンスが存在する場合,それにもとづいてNICEが周囲から支持されない不人気な勧告を作成できるか,あるいは作成する意志はあるかは明らかではない。これはNICEの信頼性と,研究者との協力関係に影響を与えることになる。

 NICEの設立により,NHS Research and Development(R&D)プログラム,とくにヘルステクノロジー評価プログラムは医療の実践へ影響を与えることのできる手段を手にした。この意味でNICEは規制手段としてのみでなく,知識とその運用の手段であるということができる。
■□■  障害要因(Barriers)  ■□■
異なる目的:研究者は,知識と学問的な評価を得
ることを目的としている。ポリシーメーカーは情報提供や,決定が正当化されることを目的としている。したがって,アカデミックにみても有用な成果が得られなければ,ヘルステクノロジー評価を行う研究者を集めることは困難となる。
疑問の違いとリサーチエビデンスの利用方法:ポリシーメーカーは比較的に特定の疑問をもち,そして主に活動の影響(implicaton)について関心をもつ一方,研究者は,エビデンスが何であるかに関心をもっている。研究エビデンスは,それだけで十分となることはまれである。ポリシーは,価値,情報,政策方針によって変動する不確実な状況下での判断を必要とする。研究者は,研究そのものに従事しており,データから何かを外挿することには積極的ではなく,確実性,エビデンスについてより厳密である。
異なるタイムフレーム:英国のポリシーメーカーは,非常に短いタイムフレームで仕事を行うようになってきているが,研究者はもっと長いタイムフレームで仕事をすることを好む。研究者はテクノロジー評価を行うのに望まれている時間的なペース,それによって起こる誤りの可能性,低水準のエビデンスにもとづく決定の質などについて懸念を有している。またこれらに関連する問題として,NICEの代表であるNHS Health Technology Assessment Programから委託された大量の評価作業を正確に,かつ迅速に行うこと,およびNICEへ提出する各症例データを企業のために作成するにあたって必要な研究能力の不足があげられる。
公開性(publicity) vs 機密性(confidentiality):研究者は新しいアイデアをお互いに共有することを好むが,ポリシーにおいて研究は機密であり,容易に公表されてはならない。NICEでは,検討を行う者が企業の科学者と直接連絡を取ることを制限しており,これは研究の質を低下させる要因となりうる。
■□■  推進要因(Facilitators)  ■□■
疑問に答えるために研究を使うことに対する共通の関心:NICEの設立により,研究者はポリシーに直接影響を与える機会や,研究を実践する機会を得た。自分の研究アイデアが影響を与えている,という事実が大きな励みとなっている研究者もいる。英国では,National Service Frameworksという国家的戦略の一要素であるNICEと,NHS R&D Programとの連携が,研究者とポリシーメーカーとの間の協力関係という,独自の組織構造を打ち出した。しかし,自分の仕事が“正しい方法”で用いられないかもしれない,という不信感は協力に対する意欲を低下させかねない。
資源:ポリシーにかかわる研究は,研究者達に対して,比較的保護された重要な収入源となった。また,研究の潜在的価値と影響力は大臣や他に対してアピールするために役立っている。
参加のための明確なルール:協力関係はあらかじめ明確に合議されたフレームにより向上した。
■□■  学んだレッスン(Lessons Learned)  ■□■
NICEに対しては,医薬品製造業界や,医療技術業界から疑問の声が挙がっている。この原因の1つには,未知のものに対する恐れもあったが,これらはNICEが決定内容を明確にしていく過程で減少していくものと考えられる。
すべての関係者が基本的なルールを知るためには,明確で透明な意思決定のプロセスが必要不可欠である。
すべての関係者がコミュニケーションをとること は,常に必要である。
プロセスが立証される過程において,アイデアの機密を保つことは,ほぼ不可能であることがわかり,現在は放棄された。
NICEの評価の影響は,(少なくとも医薬品業界においては)国内外で多大であろう。
序 論(Introduction)
■□■  英国のヘルスケアシステム(The UK Health Care System)  ■□■
 英国は,中央政府の権限を,独自の議会をもつウエールズ,北アイルランド,スコットランドに,程度に差はあるが,それぞれ権限を譲渡した議院制民主主義国家である。

 国民保健サービス(National Health Service: NHS)は,労働党(中央よりやや左より)政府により1948年に設立された。その後,NHSは国民へのヘルスケアサービスの財政提供部門となり,いくつかの例外を除き一般治療を無料で提供してきた。英国の財源は主に一般税収と国家の保険負担金である。残りの部分は,歯科,眼科サービス利用者がNHSに対して支払う自己一部負担金,処方箋のような品目に対する定額請求(flatrate charge)である(しかし利用者の多くは,処方箋に対する定額請求の免除が認められている)。

 一般的なヘルスケアは税収に依存していることが好ましいという点に関しては,政治的にも意見は一致しているが,サービスをどのように組み立てるのか,および民間保険による給付について対立する意見がある(基本的には左よりの政党と右よりの政党間の対立)。英国において民間保険の占める割合は小さく,人口の約11%が民間保険を購入あるいは何らかの形で利用している程度である。民間保険の支出は,英国の全ヘルスケア支出の約15%を占めており,2次治療の際に,主に緊急時に行われる治療に利用されている。

 1998年〜1999年にかけて,370億ポンド以上の予算を保有した保健省(The Department of Health: DoH)は,公衆衛生と安全を含む,全ヘルスケアサービスと個人への社会サービスに関するポリシー全般を担当している。1999年7月以降のヘルスケアサービスや予算決定については国民投票の結果,ウエールズ議会とスコットランド議会に権限が委譲された。

 NHSは利用者の要求と期待に応えるために,すみやかな進歩の必要があるという点について全政党が合意している。現在の政府(労働党)は,“ヘルスサービスは近代的で,かつ頼りがいがなくてはならない”と指摘している。また,現状はどちらかというと患者ではなくスタッフのニーズにあわせて組織されており,患者/提供者関係を迅速に再構築すべきであるとした。2000年には,NHSに対する支出の割合を今後5年間で国内総生産の6.5%から8%に引き上げるという重要なプログラムを今後3年間のうちに開始するとの発表がなされた。
英国でのプライマリーケアは,NHSと契約を結んだ一般開業医(GP)が行っている。彼らの収入は,主に登録患者の数をもとにした人頭割料金(capitation)である。95%以上の住民が個人もしくはグループで開業しているGPに登録されている。GPの収入には,そのほか基礎診療手当,ワクチンやスクリーニングおよび処置ごとに治療請求されるものなども含まれる。

 病院での治療は,NHS基金により提供されている。医師を含むスタッフの収入は月給制である。病院の予算は,必要に応じて中央ヘルスサービス(Central Health Service)の資金が割り当てられている,Health Authorities やPrimary Care Groups,Primary Care Trustsから支払われている。すべてのヘルスケアは処方箋料を除き無料である。

 英国における医師の治療方針は,伝統的に政府や地方自治体にもコントロールされていない。その代わり強力な臨床上のオートノミー(裁量,autonomy)が伝統的に存在している。これは,この2,3年で徐々に変化しているが,NICEが診療(clinical practice)と国全体へのヘルステクノロジーの普及を調整しようとする初めての試みである。
■□■  財政と費用の問題(Financing and Cost Issues)  ■□■
 他のヘルスケアシステムと同様に,NHSは新しいヘルステクノロジー,特に高額な薬剤が開発されてきたことにより,必要な資金の増大に直面している1)。NHSで処方される薬剤に対して,病院で処方を受けるか,または患者が1つないし複数の免除を適用(たとえば,雇用状態,年齢,特定の病状,特定の社会保障など)されない限り,患者は処方箋1枚につき約6ポンドの定額負担金を薬局で直接支払う。大多数の患者はこれらの免除により自己負担をする必要がない。NHSは毎年,薬剤に予算の12%以上を費やしている。ヨーロッパの水準では,これは高い数字ではないが,近年上昇を続けており,ポリシーメーカーの関心の種となっている。NHSの会計上の危機感により,政府によって上昇幅が設定されている。予算要求額の増大と財源の確保の必要性が生じている。

 英国における処方薬の価格は薬剤価格調節計画(Pharmacentical Price Regulation Scheme: PPRS)により影響されている。PPRSはイギリス保健省と,イギリス製薬協の合意にもとづくものであり,これによりNHSへ販売する際の利益率(研究開発費用の約17〜21%)が決められている。プログラムの目的は,NHSに対して安全で効果のある薬剤を適切な価格で確実に提供すること,英国に強力な医薬品業界を築くこと,および効率的で競争力のある薬剤開発と,世界への薬剤供給を促すことなどである。プログラムは,経済的にも科学的にも研究開発の基盤としても重要な英国の医薬品業界の維持に成功しているが,プログラムの目的は他のヘルスケアポリシーの目的と時に対立することもある。

 特に,NHSの支出を管理しようとする保健省(DoH)と研究開発のために業界に対して助成金を支払うプログラムとの間に対立が生じている。英国における薬価は他の国々に比べて高額である。もし,ジェネリック薬の使用の促進や,処方箋のためのデータ提供,GPの処方に関するその他の政策などのような費用削減政策が利益を減少させることになるなら,価格を規制するプログラムは企業が薬剤の価格を上げることを認めるであろう。結局,処方と費用対効果をリンクさせる試みは行われず,費用対効果のある薬品とそうでないものが同等に使用されている状況である2)

 薬剤支出が増加したことから,オーストラリアやカナダの一部で行われているように,NHSは新薬や他のヘルステクノロジーに対して支払いを同意する前に費用対効果がある製品である,という証明をすべきだという声があがった3)。これは,薬剤が認可されるための段階としてフェーズI試験,フェーズII試験,フェーズIII試験に加え,ヘルステクノロジーが認可を受けるために必要な,いわゆる「第4番目のハードル」(fourth hurdle)となった。

 「このような体系の下で,製品が代価に値する価値(value for money)をもつか否かを判定するために,増分費用対効果(incremental cost effectiveness)の評価は必要不可欠となるだろう。英国において,このような段階を定め,実行するためには償還される薬物をポジティブリストにより,制限する必要がある。現在,英国では除外の決定が行われない限り,承認(license)された薬剤は公に処方を受けることが可能である(ネガティブリスト)。これは国家が定める薬物治療の優先順位付けを容易にすることに加え,新薬への(差別的)アクセス(differential access)の問題を減少させることにつながる」2)
  NEXT
インフォーミング・ジャッジメント
インフォーミング・ジャッジメント