■治療学・座談会■
いま新たに注目されるアスピリンの役割
出席者(発言順)
(司会)後藤信哉 氏 東海大学医学部内科学系
梅村和夫 氏 浜松医科大学医学部薬理学
内山真一郎 氏 東京女子医科大学神経内科
太田慎一 氏 埼玉医科大学消化器・肝臓内科

安全性の確保―消化性潰瘍

■低用量アスピリンと出血性潰瘍の関係

後藤 実際にこれだけ使用量が増加してきますと,副作用の問題も出て参ります。抗血栓作用を有するアスピリンでは出血性合併症の問題は避けることができません。 NSAID としてのアスピリンには消化性潰瘍の問題もあります。

 かつてアスピリンを使用したリウマチの症例の 10%ぐらいに出血性潰瘍があったと聞いています。 心筋梗塞,脳梗塞の症例でも同様に潰瘍を発症すると仮定すると数万例に出血性潰瘍が起きてしまい,これは大問題です。 実際のところ,どのようなものでしょうか。

太田 どの程度の発症頻度かというデータはありませんが,ある欧米の報告で 1 年間に 1%,100 人に一人くらいという報告があります。

 リウマチ財団の検討では,リウマチ患者で NSAIDs を服用している内視鏡検査をした人の中では 10%以上に潰瘍があったと報告されています。] ですから,低用量アスピリンのほうが潰瘍の発生頻度は低いと考えられますが,内視鏡検査を全例に行った検討は現状ではありません。

 われわれの病院で出血性潰瘍で入院された患者さんが服用している NSAIDs を検討すると, ボルタレン®(ジクロフェナクナトリウム)やロキソニン®(ロキソプロフェンナトリウム)が多いのは当然ですが, 低用量アスピリンを投与されている人が約 1/3 も占めていて,これには驚かされました。

 学会で出血性潰瘍のシンポジウムなどで集まった全国のデータをみると出血性潰瘍の患者の 1/4〜1/3 は低用量アスピリンを飲んでいたと報告されています。 処方されている人が圧倒的に多いのでそういう結果なのかもしれませんが,潰瘍を診る立場からすると,予防を考えるうえで非常に重要です。

 NSAIDs 潰瘍もそうですが,65 歳以上の高齢者が,NSAIDs と低用量アスピリンを併用する場合や出血,潰瘍の既往があれば要注意です。 1 回でも出血の経験がある人に対しては,十分な予防をしていく必要があります。

内山 出血はアスピリンの用量に依存するのでしょうか,また,出血の程度も用量に依存しているのでしょうか。

太田 胃粘膜障害に関しては用量依存があり,また最近では H. pylori 菌(HP)感染があると起こしやすいといわれており, できれば潰瘍やその既往のある人は HP を調べて,感染していれば除菌したほうがいいと思います。

■65 歳以上の高齢者におけるジレンマ

内山 血管イベントのリスクは,65 歳を境に高くなり,よりアスピリンが必要になる。 しかし,逆に 65 歳を過ぎるとアスピリンによって消化性潰瘍も起こりやすくなるというジレンマがあります。

 そうすると,高齢者には予防的な薬剤の併用が必要になってくると思いますが,海外のガイドラインで確実に予防効果があるとされる薬剤が, 日本では承認されていないというジレンマもあります。この点についての現状と展望はいかがなものでしょうか。

太田 一般的に予防に対しては日本では保険が認められていませんので,それは大きな問題です。 今後の課題ですが,アスピリンに関するエビデンスは,欧米のみならず,東南アジアからも報告されています。 New England Journal of Medicine(Lai KC, et al. 2002;346:2033-8.)の報告によると, HP 除菌は必要ですが,それだけでは 1 年後には十数%が再発してしまいます。そこでプロトンポンプ・インヒビター(PPI)を検討した場合, 有意に潰瘍の再発が抑制されたと報告されています。したがって少なくとも一度でも出血した人にはそういう処置が予防で重要だと考えられています。

後藤 PPI はなじみの薄い薬剤で,私自身はほとんど使っておらず,外来で処方しているのはせいぜいスクラルファートですが, 太田先生の立場からすると,われわれ NSAIDs やアスピリンを使っている者は,PPI を積極的に使ったほうがいいというお考えでしょうか。

太田 そうですね。少なくとも一度出血を起こされた方は PPI をその後長期にわたって使用するべきだと思います。 われわれの経験した低用量アスピリンによる出血例で,消化器内科での治療の際に PPI を使用していたのですが,循環器内科の診療単独になり PPI が中止され, 次に腰痛のため NSAIDs が開始され,再出血という経過をたどった症例がありました。

後藤 私の経験ではアスピリンは一度飲むと,それ以後は生涯飲み続ける感じになりますが, われわれは PPI をあまり長期間使ったことがありません。年単位で考慮して長期間の使用に問題はないのでしょうか。

太田 はい。欧米ではすでに 20 年の経験があります。当初カルチノイド腫瘍が出るなどという話はありましたが, それは 1 例も報告されていません。ただ,超高齢のアクティビティが低い方で PPI を飲んだりすると,感染に対する抵抗性が落ちますので, その点は PPI の長期投与で少し注意が必要かと思います。しかし,一般的にはあまり不都合なことは起こらないと思います。

後藤 そのほか H2ブロッカーなどの粘膜保護薬は,わりに外来でも気楽に使っていますが,そういうものの効果は……。

太田 ないですね(笑)。エビデンスはなく,保険上あまり問題がないので,エクスキューズのように使われることが日本では多いように思います。

後藤 そこをはっきり言い切っていただければ―(笑)。私はアルサルミン®(スクラルファート)とかを結構出していまして, 「あれを飲むとよくなる」というふうにおっしゃる患者さんが多いのですが……。

太田 アルサルミンは確かに防御系の薬の中では NSAIDs 潰瘍でない潰瘍に関して効果があるというエビデンスがありますが, NSAIDs 潰瘍に関して,予防効果に関するエビデンスははっきりしません。

■用量依存と出血性潰瘍の関係性

後藤 アスピリン投与と潰瘍発症リスクの問題を整理したいと存じます。 胃の粘膜細胞に関しては,10 mg 程度のアスピリン投与でプロスタグランジン産生抑制がプラトーになってしまうので, それ以上増えても胃粘膜細胞の COX 阻害にはあまり影響がないという話を聞いたことがあります。本当のところはいかがでしょうか?

太田 しかしながら,用量依存があるので,必ずしもそうとはいえません。

後藤 用量依存というのは 80 mg と 300 mg で違いがあるというレベルで,10 mg よりも下という話ではなくてですね。

太田 そうですね。

後藤 そうすると出血されている患者さんは,300 mg 以上を飲んでいることが多いですか。

太田 日本人ではアスピリンを 300 mg 以上飲む人は少なく,低用量アスピリンのほうが圧倒的に多く使用されています。 最近の国内の疫学調査によると,低用量アスピリンとほかの NSAIDs を飲んでいる人と,飲んでいない人と比べた場合, どのくらい出血のオッズ比が高くなるかというと,だいたい 5 くらいでした。

 欧米では 2 程度といわれていて,意外と高いデータだったので, やはり本邦でもある程度低用量アスピリンの出血には注意していかねばならないと思います。高用量で用いる場合は他の NSAIDs と同様の注意が必要です。

■アスピリンの臓器ごとに異なる薬理作用

後藤 梅村先生,消化性潰瘍,抗血栓,抗炎症など,アスピリンのマルチプルな作用を,薬理学的に整理していただけますか。

梅村 先ほどお話があったように,COX の阻害によるプロスタグランジン産生抑制というのが,血小板あるいは胃粘膜での共通した薬理作用です。 それが期待される主作用と期待されない副作用というかたちで現れてきているので,そういう意味ではアスピリンを使う限り逃れられない薬理作用ではないかと思います。

後藤 なんらかの影響がいろいろな臓器に起きてしまうということですね。そして,その影響のしかたは臓器によって異なるかもしれない。

梅村 COX-1 は血小板ではかなり少量で抑制できるが,血管内皮細胞での抑制にはもう少し用量が必要になります。 消化管の粘膜については,私はデータをもっていないので不明ですが,各臓器ごとに少量,大量のときの薬理作用として現れてくる可能性はあると思います。

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