II.日本での無作為化比較試験
1.NICSEH NICSEH(National Intervention Cooperative Study in Elderly Hypertensive)試験は,東京都老人医療センター名誉院長の蔵本らが山之内製薬の支援を得て,60歳以上の軽・中等症高血圧患者にCa拮抗薬のニカルジピン徐放薬かサイアザイド系利尿薬であるトリクルメチアジドを用いた二重盲検比較試験である15)。414例での解析が行われ,心血管系疾患の発症頻度は,1,000人・年あたり,ニカルジピン徐放薬群で27.8,利尿薬群で26.8と両群で差がなかった。脳血管障害がもともと多いわが国で行われた試験であり,Ca拮抗薬が利尿薬と同等の心血管系疾患のリスク低下させることを証明した意義は大きい。 2. 1型糖尿病患者における糖尿病性腎症における治療薬開発研究 本試験は,厚生省オーファンドラッグ開発研究の一環として,田辺製薬・三共・ブリストルマイヤーズスクイブ・シェリングプラウの支援を受けて行われた16)。プラセボを対照としてACE阻害薬であるカプトプリルあるいはイミダプリルを,微量アルブミン尿あるいは蛋白尿を有する1型糖尿病患者に投与した二重盲検比較試験である。例数は81例と少ないものの,平均1.4年間の投与期間での最終解析の結果,カプトプリル・イミダプリルともに,プラセボ群に比べて尿中アルブミン排泄量を有意に減少させた。現在,正常血圧でも微量アルブミン尿を有する1型糖尿病患者における腎症予防のためにACE阻害薬を投与できるよう,厚生労働省へ適応拡大の申請中である。 3. わが国で大規模な無作為化比較試験がなぜ少ないのか:臨床高血圧研究の今後の方向 ここ数年をみても,わが国での無作為化比較試験は上記の二つであり,大規模試験は全くないのが実情である。その理由として資金面での問題や,参加する患者へのメリットが見えにくいことなどが挙げられる。ただ,新GCPの施行に伴い,各施設に治験事務局やCRC(Clinical Research Coordinator)が整備されつつある。多忙な外来で患者さんから十分なインフォームドコンセントを得るのは医師のみでは無理があり,今後はCRCが十分な時間をかけて説明と同意を得ることが期待される。また,参加していただける患者さんに,予約診療や優先診療,十分な診療時間を取ること,あるいは診療の負担軽減費の支給などの,目に見えるメリットを用意することにより,治験環境を整備することが急務といえる。わが国でもようやく昨年から,新聞の全面広告で参加する患者さんを募集する動きがでてきた。このことは,新薬の開発治験のみにとどまらず,大規模介入試験にもあてはめられる手法である。偽薬(inactive placebo)を使う倫理的問題もクリアしなければならない問題点であるが,高血圧の領域では最近では利尿薬かβ遮断薬を対照薬におくことも一般的であり,より臨床の場に近い方法が採用される傾向になってきている。完全な二重盲検ではないが,PROBE(prospective randomised open blinded endpoint)という前向き無作為オープン結果遮蔽試験(医師や患者にはエンドポイントが伏せられている)がバイアスの入りにくい方法として,今後は多用されるかもしれない。 4. 家庭血圧と24時間血圧 家庭血圧と24時間血圧についても,ここ数年で大きな進展があった。家庭血圧値と24時間血圧値が,診察室での随時血圧値よりも,臓器障害や生命予後のよりよい予測値になることが多くの研究で明らかにされてきた。JNC VIでは家庭血圧が135/85 mmHg以上を高血圧とし,24時間血圧値については,覚醒時血圧が135/85 mmHg以上あるいは睡眠時血圧が120/75 mmHg以上と提唱された。WHO/ISHのガイドラインでは,両者とも125/80 mmHg以上を高血圧としている。わが国では,家庭血圧値や24時間血圧値については,前向き研究である大迫研究では生命予後に準拠した基準値として135/80 mmHg以上が高血圧になるとしている17)。この値は日本高血圧学会の高血圧治療ガイドラインにも採用されている。最近,日本循環器学会・日本心臓病学会・日本高血圧学会の合同研究班(班長:島田和幸自治医科大学循環器内科教授)が「24時間自動血圧計の使用(ABPM)基準に関するガイドライン」をまとめた。測定法や解析法の標準化を提唱し,大迫研究の結果を基に,24時間血圧値について高血圧域135/80mmHg以上,正常域125/75 mmHg未満を提唱している。 おりしも約9,000名の患者を対象とし,Ca拮抗薬・ACE阻害薬・アンジオテンシンII受容体拮抗薬を用い,家庭血圧測定を併用したHOMED-BP研究がわが国でスタートしようとしている。わが国で初めてともいえる大規模介入研究であり,是非成功させたいものである。 補 遺 本稿脱稿後にもいくつかの重要な臨床研究が報告されている。簡単に触れておく。 1.アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)と糖尿病性腎症:RENAALおよびIDNT ARBの糖尿病性腎症に対する有効性は,動物実験ではACEIとほぼ同等と報告されてきた。ロサルタンを用いた大規模臨床試験RENAAL(Reduction of Endpoints in NIDDM with the Angiotensin II Antagonists Losartan)の結果が,本年5月のアメリカ高血圧学会で発表された。本試験では,1,513人の蛋白尿を呈する2型糖尿病患者に,約3.4年間プラセボあるいはロサルタンを投与したところ,ロサルタンは血清クレアチニン濃度が2倍になる率や透析・腎死・死亡に至る率を16%減少させた。蛋白尿は35%減少し,末期腎不全に至るまでの期間を35%長くした。全死亡には両群で差がなかったが,心不全での入院率はロサルタン投与群で32%低下した。同学会では,ARBのイルベサルタンをCa拮抗薬のアムロジピンと比較したIDNT(Irbesartane Type 2 Diabetic Nephropathy Treatment)の結果も報告された。イルベサルタンは,プラセボあるいはアムロジピン投与群に比較して,血清クレアチニン濃度が2倍になる率や透析・腎死・死亡に至る危険率を20%あるいは23%低下させた。これら両試験で示されたARBの腎保護作用の詳細は論文の発表を待ちたい。今後,ARBを微量アルブミン尿の段階から投与すべきなのか,あるいは正常血圧から投与すべきなのかなど,さらに検討されるであろう。また,ACEIとの併用がおのおの単独よりも有効ではないかとの期待もあり,検証が望まれる。 2.ACE阻害薬による脳血管障害の二次予防:PROGRESS 降圧薬の脳血管障害発症予防効果は多くの大規模臨床試験で証明されてきた。6月に行われたヨーロッパ高血圧学会で,PROGRESS(Perindopril Protection Against Recurrent Stroke Study)の結果が報告された。ACE阻害薬やARBを除く通常の降圧治療を行っている脳血管障害の既往を有する患者(n=6105例)に,偽薬かACE阻害薬のperindprilを上乗せし,ACE阻害薬群でさらに降圧が必要な場合にはindapamideを併用し,両群での脳血管障害の発症を約4年間観察した。その結果,脳血管障害の発症は28%減少した。タイプごとにみても,虚血性脳卒中が24%,出血性脳卒中が50%減少した。詳細は論文の発表を待ちたいが,この結果は,ACE阻害薬をベースにした降圧治療が脳卒中の二次予防に有効であることを初めて示したものといえる。 3.国際的な臨床試験への日本人の参加 RENAALおよびPROGRESSには,それぞれ約100人あるいは800人位の日本人患者が登録されている。国際的な多施設臨床試験へこれほど多くの日本人患者が参加したのは,極めて意義深いものといえ,今後の方向性を示すものと考えられる。そして,このような成績を基に薬剤の新規効能を取得する場合に,日本人を含めた海外データを日本の厚生労働省へ申請するテストケースになるものと期待される。 |