アレルギー疾患臨床研究の動向

[1.気管支喘息][2.花粉症] [3.治療薬の将来展望]


はじめに

 気管支喘息や花粉症に代表されるアレルギー疾患罹患者数は近年著増し,現時点でなんらかのアレルギー症状を有する人は全国民の30%を超えるとされる。アレルギー疾患の長期管理にあたっては局所ステロイド薬やいわゆる抗アレルギー薬が汎用されるが,本稿ではevidence─based medicine(EBM)の観点からこれらの薬剤にかかわる臨床研究の動向を述べる。また近日中に治験が開始されるであろうモノクローナル抗体を中心に,アレルギー治療薬の将来展望もあわせて述べる。

 

1.気管支喘息

 気管支喘息は現在,気道の慢性炎症性疾患として理解されている。すなわち,Th2細胞,好酸球,マスト(肥満)細胞を中心とする炎症細胞と,それから遊離される種々のメディエーターやサイトカインが関与する急性・慢性炎症(アレルギー性炎症)によって病態が形成される1)ことが明らかにされている。したがって今日喘息治療は,この炎症をいかに制御するかを主体として行われており,吸入ステロイド薬や抗アレルギー薬などがこの目的のため汎用されている。なお喘息の急性増悪に対しては,発作治療薬として吸入β2受容体刺激薬やアミノフィリン,経口・静注ステロイド薬などが用いられるが,誌面の関係でここでは触れない。

 

1. 吸入ステロイド薬

 吸入ステロイド薬(IS)は,気管支喘息の長期管理において中心的役割を果す薬剤である。わが国には1970年代後半に導入されたが,その投与が一般化したのは1993年の喘息治療ガイドラインの公表以降である。その普及にともなって,喘息発作による救急外来受診数や入院数が減少したことは明らかな事実である。わが国では現在,ISとしてベクロメタゾン(beclomethasone dipropionate : BDP)とフルチカゾン(fluticasone propionate : FP)が使用できる。また3番目のISとしてブデソニド(budesonide : BUD)があり,製造承認は出されているので近日中に発売されることであろう。その他代替フロンを用いるBDPや,新規dry powder製剤であるmomethasoneなどが検討されており,将来使用可能となろう。

 ISの臨床エビデンスとしては,第1選択薬としての位置付け,早期導入の効果,併用薬による減量効果,減量中止の影響などに関して,inactive placeboなどを対照とした多くの治験報告がある。たとえば軽症喘息例でのISと,各種気管支拡張薬や抗炎症薬であるdisodium cromoglycate(DSCG)との比較試験では,臨床諸指標の改善においてISが有意に優れていることが示されている24)。また症状発現からIS導入までの期間が短いほど患者の肺機能障害の程度が軽く,肺機能の改善率も優れているとの報告も認められる56)。さらにはISが喘息死を減少させるというエビデンスも報告されている7)。そのまとめを昨年公表された“EBMにもとづく喘息治療ガイドライン”8)より抜粋して表1に示すが,詳しくはガイドラインを参照されたい。

 

表1 吸入ステロイド薬の効果に関する臨床エビデンス
文献  対象
1)例数
2)年齢
3)対象
 試験デザイン
1)方法
2)観察期間(導入+試験)
3)その他(効果判定など)
結果・考案・副作用
Reedら
1998 2)
1) 747
2)  
3) 軽症─中等症
1) ベクロメタゾン84μg 4回/日と内服テオフィリン(至適量),プラセボとの比較
2) 1年
3) 症状,肺機能,気道過敏性,吸入β2刺激薬回数,受診回数,欠勤日数,欠席日数,血中コーチゾール
1) テオフィリンは従来の推奨濃度より低濃度で効果が認められる。
ベクロメタゾンがすべての指標で有意に改善するが,その差は少ない。
2) 効果・副作用比からみると多くの成人喘息・小児喘息患者では吸入ステロイド薬が第一選択である。
Malmstromら
1999 3)
1) 895
2) 15〜85
3) 非安定慢性喘息
1) ベクロメタゾン400μg/日,内服モンテルカスト10 mg/日,プラセボの比較
2) 12週
3) 症状,肺機能,吸入β2刺激薬回数,QOL
慢性喘息患者においてベクロメタゾン400μg/日の効果はモンテルカストに比較し優れていたが,モンテルカストもプラセボに比較し有意に効果的である
Overbeekら
1996 5)
1) 76/91(phase2)
2) 18〜60
3) 中等症─重症閉塞性気道疾患(喘息/COPD)
1) 2年半先行ベクロメタゾン800 μg/日群と新規開始群の比較(多施設,パラレル比較試験)
2) 6ヵ月
3) 肺機能,気道過敏性
新規ベクロメタゾン800μg/日開始群は2年半先行群に比較し,1秒量は同程度まで改善したが,気道過敏性は及ばなかった。
Olivieriら
1997 6)
1) 20
2) 18〜47
3) 非喫煙軽症喘息
1) 気道炎症,リモデリングへのフルチカゾン500μg/日とプラセボの比較
2) 6週
3) 気道過敏性,生検組織,BAL
少量短期のフルチカゾンはプラセボに比較し,有意に基底膜肥厚を減少させる。網状層への炎症細胞浸潤を減らし,軽症喘息患者の気道リモデリングを改善させる可能性をもつ。
Suissaら
2000 7)
1) 66喘息死亡例/2681
コントロール
2) 5〜44
3) Saskachewan
Healthcare data
base:1975〜1991の間に治療をうけた
1) 吸入ステロイド薬使用量と予後との関連を分析(nested case-control study)
3) 死亡率,吸入ステロイド薬処方数
吸入ステロイド薬が1缶増えるごとに喘息死亡率は21%減少する。吸入ステロイド薬中止の3ヵ月間の喘息死亡率は継続例に比較し高かった。

 

2. 抗アレルギー薬

 抗アレルギー薬は,“I型アレルギー反応に関与するメディエーターの遊離ならびに作用を調節する”薬剤であり,「喘息予防・管理ガイドライン1998改訂版」1)では(1)メディエーター遊離抑制薬,(2)ヒスタミンH1拮抗薬,(3)トロンボキサン阻害薬,(4)ロイコトリエン拮抗薬,(5)Th2サイトカイン阻害薬,に分類されている。その一覧を表2として示すが,わが国では2001年9月現在26品目が市販され,臨床の場で汎用されている(喘息を適応とするものは19品目)。

 これらの薬剤はinactive placeboやactive controlを対照とした臨床治験にもとづいて認可されたものであるが,その臨床エビデンスに関する英文報告はさほど多くはない。代表的なエビデンスを前述のガイドライン8)より抜粋して表3として示すが,わが国からの報告としてはロイコトリエン(LT)拮抗薬やTh2サイトカイン阻害薬などによるIS減量効果や気道炎症細胞浸潤抑制効果912)がその主体となっている。

 なお最近注目されているのが,軽症例でのLT拮抗薬の第1選択薬としての位置付けである。実際にアメリカNIHによるガイドライン(Expert panel report II)ではISにかわりうる選択肢として取り上げられている。両者の比較試験の結果をみると,臨床諸指標の改善効果はISの方がすぐれているが,効果の発現はLT拮抗薬の方が早いとされる3)。またISと併用して減量効果を求めるのに,LT拮抗薬montelukastと長時間作用性β2吸入薬であるsalmeterolのどちらが優れているかのprospective studyが,現在ヨーロッパで行われている(IMPACT study)13)。さらには現在抗アレルギー薬の効果予知が,遺伝子多型の検討や血清・尿中のメディエーター測定などで試みられている。これらが可能になれば,個々の病態に応じた抗アレルギー薬によるテーラーメード医療が実現できる可能性があろう14)

 

表2 抗アレルギー薬一覧
分類 一般名 製品名
メディエーター遊離抑制薬 クロモグリク酸ナトリウム
トラニラスト
アンレキサノクス
レピリナスト
イブジラスト
ペミロラストカリウム

タザノラスト
インタール
リザベン
ソルファ
ロメット
ケタス
アレギサール
ペミラストン
タザノール
タザレスト
ヒスタミンH1拮抗薬 フマル酸ケトチフェン
塩酸アゼラスチン
オキサトミド
メキタジン

テルフェナジン
フマル酸エメダスチン

塩酸エピナスチン
エバスチン
塩酸セチリジン
ベシル酸ベポタスチン
塩酸フェキソフェナジン
塩酸オロパタジン
ザジテン
アゼプチン
セルテクト
ゼスラン
ニポラジン
トリルダン
ダレン
レミカット
アレジオン
エバステル
ジルテック
タリオン
アレグラ
アレロック
トロンボキサン阻害薬 塩酸オザグレル

セラトロダスト
ラマトロバン
ドメナン
ベガ
ブロニカ
バイナス
ロイコトリエン拮抗薬 プランルカスト水和物
ザフィルルカスト
モンテルカスト
オノン
アコレート
シングレア
キプレス
Th2サイトカイン阻害薬 トシル酸スプラタスト アイピーディ
(2001年9月現在)

 

表3 ロイコトリエン拮抗薬・Th2サイトカイン阻害薬などの臨床エビデンス
文献  対象
1)例数
2)年齢
3)対象
 試験デザイン
1)方法
2)観察期間(導入+試験)
3)その他(効果判定など)
結果・考案・副作用
Hoshino ら
1997 9)
1) 24(AZT13, P11)
2) 16〜48
3) アトピー性,軽〜中等症,抗炎症薬無使用
1) 経口薬アゼラスチン(AZT)1 mg 2回/日とプラセボ(P)との効果比較
2) 2週+3ヵ月
3) 喘息症状点数,PEF,メサコリンに対する気道過敏性,気管支生検

1) 喘息症状点数改善:AZT >P(p<0.01)
2) PEF増加:AZT>P(p<0.01)
3) PEF日内変動減少: AZT>P(p<0.001)
4) 気管支生検でのTリンパ球および活性化好酸球の減少 AZT>P(p<0.001〜0.05)これらの変化と症状点数改善は相関した。
Tamaokiら
1997 10)
1) 79
2) >20
3) BDP>1500μg/日以上使用喘息患者
1) ベクロメタゾン半量へのプランルカスト450 mg/日,プラセボの併用効果
2) 6週
3) 症状,肺機能,ピークフロー値,吸入β2刺激薬回数

1) プラセボ群ではピークフロー値,FEV1.0がプランルカスト450 mg/日に比較し有意に低下し,コントロールも悪化した。
2) プランルカスト450 mg/日群はほぼ観察期のコントロールを維持した。
Sano ら
1997 11)
1) 11
2) 36〜68
3) 軽症〜中等症喘息患者
1) スプラタスト100 mg 1日3回または200 mg1日2回投与
2) 6週
3) 気管支粘膜生検

スプラタストは気道過敏性を有意に改善し,気管支粘膜・喀痰中の好酸球数を有意に減少させた。
Tamaoki ら
2000 12)
1) 77
2) 成人
3) BDP 1500 mg/日以上の吸入を行っている喘息患者
1) スプラタスト100 mgまたはプラセボ1日3回
2) 8週
3) 後半4週は吸入ステロイドを半量に減量

スプラタストはプラセボに比較して1秒量,ピークフローを有意に上昇させ,喘息症状を軽快させた。吸入ステロイドを半量に減量したとき,スプラタスト群では喘息症状の再増悪やβ2刺激薬の使用が有意に少なかった。


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