I.高脂血症の治療/II.抗血小板薬/III.アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACDI)
/IV.βブロッカー/V.Ca拮抗薬/VI.硝酸薬/VII.我が国の大規模臨床研究/おわりに
III アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)(表4) レニン-アンギオテンシン-アルドステロン系は心不全の進行や動脈硬化に強く関与しており,最近の大規模臨床試験ではACEIは心不全や心筋梗塞患者の生命予後を改善させるばかりでなく,虚血性心疾患の予防効果があることも示されている。
1. 一次予防 1998年に発表されたABCD(the Appropriate Blood Pressure Control in Diabetes)46)は拡張期血圧80 mmHg以上のインスリン非依存性糖尿病患者に長時間作用型Ca拮抗薬(ニソルジピン)とACEI(エナラプリル)を投与し,またFACET(the Fosinopril versus Amlodipine Cardiovascular Events randomized Trial)47)は高血圧症のインスリン非依存性糖尿病患者に長時間作用型Ca拮抗薬(アムロジピン)とACEI(ファシノプリル)を投与した大規模臨床試験であるが,これらの結果からACEIがCa拮抗薬と比べ有意に心血管系疾患の発生率を減少させることが示された。これらにより,はじめてACEIが虚血性心疾患の一次予防にも有効である可能性が示された。また2000年に発表されたHOPE(the Heart Outcome Prevention Evaluation Study)48)では冠疾患など心血管病変を有するか糖尿病に加えて冠危険因子を一つ以上有する患者を対象とし,平均4.5年追跡調査をおこなったところACEI(ラミプリル)が降圧効果とは関係なく心血管疾患死を有意に減少されることが明らかにされた。本試験では心機能低下例や心不全症例は除外されており,ACEIが虚血性心疾患の一次予防効果を有する可能性が示された。 2. 急性心筋梗塞の短期効果 急性心筋梗塞発症36時間以内にACEIまたはプラセボを投与し30日以内の短期予後を比較した大規模臨床試験のメタアナリシス49)においてACEI群では死亡率および心不全発症率を有意に減少していた。また,突然死について検討した15の大規模臨床研究のメタアナリシス50)においてもACEI投与群で心筋梗塞後の突然死リスクを20%減少させたと報告されている。 3. 二次予防 ACEIを用いたメタアナリシス51)においてACEIは(心機能の低下した症例ほど)死亡率および心不全や再梗塞発症を有意に抑制することが示された(特に心機能が低下した症例ほど効果大)。 狭心症についてはキナプリルを用いたTREND (Trial on Reversing Endothelial Dysfunction)52)でACEI内服6ヵ月後に冠動脈疾患患者の冠動脈内皮機能が改善することが報告されたが,QUIET (Quinapril Ischemic Event Trial)53)ではACEIの粥状動脈硬化や心血管イベントの抑制効果は認められなかった。 今後,アンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)が心血管事故を抑制することも期待されており,急性心筋梗塞に対するACEIとARBを比較したOPTIMAAL (Optimal Therapy in Myocardial Infarction with the Angiotensin II Antagonist Losartan)54)やVALIANT 55)などの大規模臨床試験の結果が待たれる。 わが国では冠攣縮性狭心症が多いといわれ,欧米に比べβブロッカーの使用頻度は少ないが,虚血性心疾患の治療薬のなかで最も早くから心筋梗塞発症,突然死などの心事故予防効果が証明されてきた薬剤である。BHAT(β-Blocker Heart Attack Trial)56)をはじめ数多くの心筋梗塞に対する大規模臨床試験が行われ,1985年にはYusufら57)によりこれらの大規模臨床試験が解析され,全死亡率(特に突然死)および非致死性心筋梗塞の発症が減少することが報告された。特にβ1 選択性(+),内因性交感神経刺激作用(ISA)(−),膜安定化作用(MSA)(−),脂溶性のものが有効といわれている。糖尿病,徐脈,高齢者などへの投与は十分注意が必要であるが,糖尿病を合併する心筋梗塞でのβブロッカーの心事故予防効果は著明である58)。βブロッカーは胸痛発作の改善と運動耐容能の増加をもたらすが,狭心症に対する生命予後の改善効果は現在まで立証されていない。 心筋梗塞に対しベラパミルを用いたDAVIT I・II (Danish Verapamil Infarction Trial)のメタアナリシス59)の結果では再梗塞を有意に減少させることが報告されたがHeldらのメタアナリシス60)やFurbergらのニフェジピンのメタアナリシス61)の結果からはCa拮抗薬の二次予防効果は認められていない。また,ジルチアゼムを用いたMDPIT(Multicenter Diltiazem Post Infarction Trial)62)でも総死亡および再梗塞とも予防効果は認められなかった。 安定狭心症に対しアムロジピン(長時間作用型)を投与したCAPE(double blind Circadian Anti Ischemia Program in Europe)63)では虚血発作の頻度・累積時間が減少したことが報告された。 アムロジピンなどの内因性神経体液性因子の活性化作用が少ない長時間作用型のCa拮抗薬による臨床試験が数多く行われ,現在も進行中であるが虚血性心疾患への効果については今後の臨床試験の結果を慎重に検討すべきである。 狭心症発作時の第一選択薬であるが長期投与が心事故を減少させたというエビデンスはない。心筋梗塞を対象としたGISSI-364),ISIS-465)でも二次予防効果は立証されておらず,むしろ予後悪化の可能性も報告されている66,67)。硝酸薬については耐性の問題もあり,心不全や心筋虚血の改善を目的とした短期投与が望ましいと思われる。 |