目次へ pagetop
インフォーミング・ジャッジメント
インフォーミング・ジャッジメント
0 I I' II III IV V VI
V V. NICEとNHSによるリレンザの保険給付
 The National Institute for Clinical Excellence and Coverage of Relenza by the NHS
Andrew Dillon,Trevor G. Gibbs,Tim Riley,Trevor A. Sheldon
熊谷 雄治   北里大学東病院 治験管理センター
エグゼクティブ・サマリー(Executive Summary)
序 論(Introduction)
国立クリニカルエクセレンス研究所(NICE)
 (National Institute for Clinical Excellence(NICE))
考察と概括  (Reflection and Generalization)
文 献
用語集(Glossary)
付録1.初回ガイダンスからの抜粋:ザナミビル
 (Appendix 1. Extract of First Guidance: Zanamivir)
付録2.2001年エビデンスのサマリー:ザナミビル (リレンザ) のファスト・トラック評価
 (APPENDIX 2. Summary of Evidence 2000: Fast-Track Appraisal of Zanamivir (Relenza))

考察と概括(Reflection and Generalization)
■□■  目標(What was Expected?)  ■□■
 NICEはリレンザのアウトカムについて一切偏見をもっていない。その効力と迅速評価委員会の満場一致の結論は印象的なものであった。NICEは,ガイダンスが確固としたものであるとの確信をもっていたが,製薬会社は結果について驚き,不満を感じていた。なぜなら決定内容は現実的なものになるだろうし,またファスト・トラックでの申請であることも考慮に入れられるだろうとGlaxo Wellcomeは,NICEとの会談で保証されたように感じていた。しかし実際には,Glaxo Wellcomeの提出資料は,現在入手可能な薬剤の情報にもとづいて純粋に審査された。これは研究者の見解や「第四のハードル」タイプの規制を行っている国からすると当然のことであるが,英国ではそれまでのアプローチからの脱脚に等しく,企業を驚かせるものであった。Glaxo Wellcomeは,NICEのプロセスの最初の「試験運転(test-run)」であり,NICEはそのプロセスについてGlaxo Wellcomeと率直に意見交換を行ってきたため,Glaxo Wellcomeにとっては容易な「ひとっ走り(easy ride)」であると感じていたように思われる。おそらくNICEは,力こぶを作ってその力を見せつけ,また医療関係者や市民に対し大した役に立ちそうもない薬とともに,NICEが登場したと高らかに宣言するよい機会だと考えたのだろう。NICEとGlaxo Wellcomeの目的は明らかに異なっていた。

 医薬品業界は,NICE自体およびコストとプライマリーケアにかかる負担に関するNICEの関心は,現在十分な治療法が存在しない分野での新薬の出現を妨げるとの懸念をもった。新たな開発を妨げることなく,適切な規制を設けることは,これまで以上の検討を要する困難な問題であった。
■□■  学んだレッスン (What was Learned?)  ■□■
 NICEは,審査,評価,ガイダンスの普及のプロセスに関して,医薬品業界と直接接触することにより,多くを学んだ。NICEは自身の潜在的な可能性と,英国内外において与える影響の大きさに驚いたことであろう。NICEはメディアと政治の監視に直面することになった。これらすべてはNICEに雇用された全人員の4人にとり,有益な経験であった。結果としてNICEは,関係者すべてに何が求められているのかを周知させるために,「ゲームのルール」を明確なものにすることに全力を注ぐことになった。NICEは,短期間に行うプロセスは望ましいものではなく,より広範囲で徹底した評価プロセスが採用されるべきであるとの結論に達した。

 またNICEとの最初の共同作業は,医薬品業界にとっても大きな学習経験となった。プロセスに関し,医薬品業界が学んだ最も重要な学んだレッスンは下記のものである。
現在の第III相試験ではNICEの要求を満たさない。すなわち,特定のサブグループに関する検討,症例のプール解析,比較試験が必要であるが,このことにより薬剤開発のコストは増大する。
医薬品業界は,経済的情報や手法に関する要求を理解すべきであり,特にサービス自体へ影響を及ぼす分野では,不確実性をどのように扱うかについての理解も必要である。
価格面でまかなえるものか(affordability)についてはレビューの目的とされていなかったが,意思決定の際の一つの要因であることは明確だった。
意思決定(decision-making)のプロセスでは機密の保持が重要である。報道関係や一般社会への「リーク」とそれに続く政治的な画策およびメディアの報道はNICEとの議論とその後の異議申し立てを困難にした。これは少なくとも一つの評価作業(βインターフェロン)中に実際に起こったことである。
■□■  ポリシーの成功要因と失敗理由  
  (What Has Made the Policy Succeed or Fail?)  ■□■
 NICEは,作成したガイダンスが広く支持され実施されたことからリレンザのポリシーは成功だったと判断している。ガイダンスは必要とされ,望まれ,適切な時期に作成され,また効果的に普及した。これがNHSの見方でもあろう。しかし医薬品業界の間では,この成功がガイダンスの正当性によるものなのか,またはNICEをとりまくメディアによるものなのかは議論の余地があると考えられている。リレンザは効果がないため禁止されたと考える人々がいるが,それは真実ではないし,ガイドラインにもそのような記述はない。

 より明確で一般からの関心が高い,たとえばMSや癌のように組織化された患者団体があるような疾患のNICEガイドラインが容易に受け入れられ,認められるということは考えにくい。つまるところ,インフルエンザに患者のロビー活動はほとんどないのである。NICEには,卵巣がんや乳がんの治療にtaxanesなどの抗がん剤の使用を進める傾向があった。しかしMSに対するインターフェロン処方に反対する勧告は,報道機関での議論,異議申し立てを引き起こし,その結果エビデンスと費用対効果モデルのレビューに時間を要し,最終決定が遅れることになった。

 この報告書が準備されている時点では,NICEは,強いエビデンスを有していたとしても,どの程度まで人気のない勧告を行う意思があり,またそれを実行できるかは明確ではない。Biritish Medical Journalの最近のエディトリアルでは,NICEは審議されたほとんどのテクノロジーに関して否認を行わないため,ヘルスケアを効果的に配給することに失敗していると批判した11)。この否定的なコメントは,NICEの信用と,研究者との将来の共同作業に影響を与えることになるであろう。

 NICEの設立とそのプロセスは,英国における研究活動に少なからぬ影響を与えた。NICEの大胆なタイムテーブルに基づいた評価は,研究のアクティビティを大きく増加させ,それによって英国の研究能力の必要性が高まることとなった。NICEは1999年から2000年にかけて約1千万ポンドの予算を有しているが,今後は研究のシスティマティックレビュー,経済分析,またそのモデル化に対する要求を厳しくする予定である。この要求はNICEのみによるものではなく,製薬会社からのものでもある。会社はNICEに支持される案を提出するためには,高度な方法論が必要であることを認識しはじめている。

 もし英国の比較的限られた研究能力が,NICEへの提出にはリスクが高いと考えられるような革新的な研究から遠ざかり,NICEに関する活動に投入されるとすれば,この部門で増加する研究者の需要は短期的にはマイナスである。またこの状況は,NHS & RDプログラムに悪影響を与えることにもなる。しかし長期的には費用対効果と新しいテクノロジーを評価するための,より強固でフレキシブルな手法の構築を促すものと考えられる。
BACK NEXT
インフォーミング・ジャッジメント
インフォーミング・ジャッジメント