患者報告アウトカム
(Patient-Reported Outcome:PRO
評価関連 特設ページ

厚生労働省科学研究班開発
患者報告アウトカム(Patient-Reported Outcome:PRO)
使用についてのガイダンス集

理解を深めるための参考資料

4. レスポンスシフト

4.1. レスポンスシフトとは

患者報告アウトカム(Patient-reported outcomes: PRO)の評価は、疾患や治療の影響を明らかにすることを目的として広く用いられるようになった。縦断的に評価を行うことによって効果や影響を明らかにしようとする場合、評価の対象となる構成概念に対する評価者の解釈は一定であり、時間とともに変化しないことが前提とされている。しかし、現実的には必ずしもそうではなく、時間とともに自己評価の基準が変わることがある。これが「レスポンスシフト」と呼ばれる現象である 1

レスポンスシフトは経営科学や教育学において用いられる概念であったが、健康評価においてこの概念を体系づけて定義したのは、SprangersとSchwartzである 1。彼女らは、末期がん患者のパラドクス、つまり、身体的・心理的に高いストレス状態を抱えているにもかかわらず健康関連QOLの評価スコアは健常者との差が検出されないことがあるという現象を、レスポンスシフトで説明できることを提唱した。また、レスポンスシフトは、測定基準の変化(recalibration)、価値づけの変化(reprioritization)、構成要素の評価の意味の変化(reconceptualization)の結果として生じる構成概念の意味の変化であると定義した。

「測定基準の変化(リキャリブレーション)」は、ある構成概念を評価する際の内的なものさしの目盛が変わってしまう現象のことである。治療などの介入の前後で評価を行う場合、その間に測定基準が変わってしまうと、実際には変化が起こっていても測定スコアには変化が現れなかったり、逆に実際には変化がないにもかかわらずスコアが変化してしまったりする、という現象が起こる。

「価値づけの変化(最優先化)」は、概念を構成する要素の優先順位の変化である。たとえば、ある人はQOL概念を構成する要素のうち、自分にとって大事なことを、仕事、家族、健康、の順に考えていたにもかかわらず、大きな病気をした後に、家族、健康、仕事というようにその優先順位に変化が生じたような場合、価値づけの変化が生じたと考えられる。このような変化が起こると、例えば、“健康状態はあなたの生活全般に影響を与えていますか?”といった質問に対して、念頭に置くのが仕事のことであったり家族のことであったりするため、結果としてスコアの意味が変化してしまう。

「構成要素の評価の意味の変化(再構成化)」とは、概念の再構成が生じることをいう。たとえば、精神と身体を別物と捉えていたのに、精神と身体は切り離せないものであると感じるようになったり、ある問題を能力の問題だと捉えていたのが社会的な問題だと考えるようになったりした場合、概念の再構成化が生じていると考えられる。

レスポンスシフトは環境の変化に対する適応の結果であり、近年、その評価のプロセスに対する理論的な理解が進んだ。慢性疾患や障害の存在にもかかわらず利益や成長を見いだすことは、負の影響を軽減するためのホメオスタシスと考えられ、レスポンスシフトは認知的戦略の一つとして位置づけられている 2

4.2. レスポンスシフトの検出

前後比較のための従来の統計的手法ではレスポンスシフトを検出することができず、得られたスコアがどの程度レスポンスシフトの影響を受けているかを知ることができない。そのため、レスポンスシフトを検出するためのさまざまな方法が開発された。大まかに分類すると、個々に尋ねる方法とデータに尋ねる方法(統計的手法)がある 3

特に、尺度開発時の概念生成や作成中の質問票のコグニティブインタビューなどが知られている[臨床試験のためのPatient- Reported Outcome (PRO)使用ガイダンス、2.5.2.質的研究 参照]。さらに、参加者が少ない希少疾患、質問紙による調査が難しい小児疾患の患者、また個人的特性や文化差により計測しにくいスピリチュアルな問題にも、個別性に対応可能な質的研究であれば研究は可能であろう 3

個々に尋ねる方法として、Then testやThe Schedule for the Evaluation of Individual Quality of Life (SEIQOL) 4,5 が挙げられる。Then testは、レスポンスシフトの検出方法として最初に使用された手法である。介入後の評価時点で「今」の状態を評価するのに加えて、介入前の「あのとき」の状態を振り返って評価を行う。Then testは想起バイアスの影響を受けやすく、レスポンスシフトの測定基準の変化のみの検証にとどまる。SEIQOLは慢性疾患や緩和医療のQOL尺度として注目されている方法であり、自分にとって重要なことがらを選択、重みづけして評価する。

統計的手法としては、構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling: SEM) 6,7 、潜在軌道解析(latent trajectory analysis) 8、分類回帰木解析(classification and regression tree analysis) 9、項目反応理論(Item response theory) 10 などを用いた検出方法が開発されてきた。これらの統計手法のうち、もっとも多く使用されているのはSEMを用いた手法である。SEMは、一つ一つの項目の回答とそれらによって測定される概念との関係の大きさを数値化して表し、さらに、この数値が介入前後でどの程度変化したかを検定することができ、3タイプのレスポンスシフトのすべてを検出して統計的検定を行い、レスポンスシフトを考慮した真の変化量を推定することができる。近年の検出方法の動向に関する詳細は、Sajobi Tらのスコーピングレビューを参照されたい 11

検出のための手法は、一致した結果が得られるとは限らず 12、さらなる研究が求められている。また、介入研究においてレスポンスシフトが生じることはさほど多くはないことも報告されている。どのような場合にレスポンスシフトが生じ、その変化をどう解釈するかなど、PRO研究においてレスポンスシフトは引き続き不可欠な課題である。

    参考文献

  1. Schwartz CE. Applications of response shift theory and methods to participation measurement: a brief history of a young field. Arch Phys Med Rehabil. 2010; 91(9 Suppl): S38-43.
  2. de Ridder D, Geenen R, Kuijer R, et al. Psychological adjustment to chronic disease. Lancet. 2008; 372(9634): 246-55.
  3. Barclay-Goddard R, Lix LM, Tate R, Weinberg L, Mayo NE. Response shift was identified over multiple occasions with a structural equation modeling framework. J Clin Epidemiol. 2009; 62(11): 1181-8.
  4. McGee HM, O’Boyle CA, Hickey A, O’Malley K, Joyce CR. Assessing the quality of life of the individual: the SEIQoL with a healthy and a gastroenterology unit population. Psychol Med. 1991; 21(3): 749-59.
  5. 秋山美紀, 大生定義, 中島孝. SEIQoL-DW 日本語版: SEIQoLユーザ会事務局(国立病院機構新潟病院内); 2007.
  6. Oort FJ. Using structural equation modeling to detect response shifts and true change. Qual Life Res. 2005; 14(3): 587-98.
  7. Barclay-Goddard R, Lix LM, Tate R, et al. Response shift was identified over multiple occasions with a structural equation modeling framework. J Clin Epidemiol. 2009; 62(11): 1181.
  8. Mayo N, Scott C, Ahmed S. Case management post-stroke did not induce response shift: the value of residuals. J Clin Epidemiol 2009; 62: 1148-56.
  9. Li Y, Rapkin B. Classification and regression tree analysis to identify complex cognitive paths underlying quality of life response shifts: a study of individuals living with HIV/AIDS. J Clin Epidemiol 2009; 62: 1138-47.
  10. Anota A, Bascoul-Mollevi C, Conroy T, et al. Item response theory and factor analysis as a mean to characterize occurrence of response shift in a longitudinal quality of life study in breast cancer patients. Health Qual Life Outcomes. 2014; 12: 32.
  11. Sajobi TT, Brahmbatt R, Lix LM, et al. Scoping review of response shift methods: current reporting practices and recommendations. Qual Life Res. 2018; 27(5): 1133-46.
  12. Ahmed S, Mayo NE, Wood-Dauphinee S, et al. The structural equation modeling technique did not show a response shift, contrary to the results of the then test and the individualized approaches. J Clin Epidemiol. 2005; 58(11): 1125-33.

(鈴鴨 よしみ)